▶オードリー・タン氏講演録「Well-beingな未来の実現~デジタル活用の課題と展望~」

● 日時:9月14日(月)9時~10時
● お話:オードリー・タン 氏(台湾デジタル大臣 ソーシャル・イノベーション担当)
● 聞き手:遠藤 信博氏(NEC 取締役 会長)
● 主催:NEC Visionary Week2021(Web開催)

オードリー・タン氏(以後、タン氏)とNECの会長がデジタル活用の課題と新時代の展望を語り合うパネルディスカッションを聴講しました。たいへん興味深い内容でしたので、みなさんにもご紹介したいと思います。well-beingとは「幸福」のことで、心身と社会的な健康を意味する概念です。(高25期 廣瀬 隆夫)

● オードリー・タン氏について
タン氏は、1981年台湾台北市生まれ。幼い頃からコンピュータに興味を示し、8歳からプログラミングを独学し、1995年、インターネットの誕生を機に14歳で中学を退学。19歳の時にシリコンバレーでスタートアップ企業を設立。米アップルの顧問などを経て33歳でビジネスから引退。2016年10月より史上最年少で台湾の行政院に入閣し台湾デジタル大臣に就任し、部門を超えて行政や政治のデジタル化を主導する役割を担っています。また、性別にとらわれないトランスジェンダーであることも公表しています。

● コロナ対策のためのマスク供給システム
タン氏の名前を有名にしたのは、コロナ対策のためのマスク供給システムの開発です。新型コロナウイルス感染が拡大し始めた台湾は、国がマスクを買い上げ販売する政策を出しました。この決定にマスクの流通に不安を持つ国民の間に動揺が走りました。タン氏は市民のエンジニアたちと協力して、6000カ所以上の販売拠点のマスクの在庫状況を3分ごとに自動更新するシステムをわずか3日間で開発し、マスクがいつどこで入手可能かという最新情報をリアルタイムで閲覧できるようにしました。このシステムが国民の安心感につながりパニックを回避してマスクの供給がスムーズに進みコロナ対策に大いに貢献したのです。

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■ インターネットがあれば孤独を感じない
私が社会の様々なことが理解できる年齢になったとき、哲学的なことを考えて、こんなことに悩んでいるのは世界中で自分だけではないかと、ふと思うことがありました。でもネットで検索すると同じように悩んでいる沢山の仲間がいることが分かり安堵を覚えました。インターネットでは、オープンコミュニティに参加したりメールマガジンを読んだりして、オンラインで隣人になることができるのです。インターネットに出会って一人ではないと感じるようになりました。

 デジタル民主主義
インターネットは誰でも使う権利があります。私たちは衣食住が確保され健康で安全な生活を営むという基本的人権が保証されています。しかし、これからはネットへのコネクティビティもその要素の一つになります。台湾では、Wifiを整備して10MBPSの帯域を全ての国民が使えるような環境整備をすすめています。これが完成すると医療、教育、公共サービスを平等に受けることができるようになるのです。誰でもネットを閲覧して発言できる権利があります。この権利を行使するためには、パソコンやインターネットの使い方や知識というデジタルリテラシーを超えて、国民一人ひとりがデジタル時代の考え方や行動様式であるデジタルコンピテンシーを身につけることが重要になります。

■ 楽しさがキーになる
デジタル社会では、Fast(速さ)、Fair(公平さ)そしてFun(楽しさ)がキーワードになります。人々がすばやく集まりチームを組み、公平な立場で共通の目的を達成するのです。みんなで協力して出来上がった成果に、ありがとうと言ってもらえるのが楽しいのです。楽しさはみんなでシェアすることで喜びになっていきます。誹謗中傷、ねたみ、そねみなどの負の連鎖でなく、楽しさを共感して正の連鎖が広がることで、より良い社会となります。

■ アイデアの源泉は眠ること
ヒラメキを得る秘訣は良く眠ることです。私は、毎日、8時間眠ることにしています。すべてのイノベーションは無意識のときに生まれてくるのです。昼間は、出来るだけたくさん人の話を聴くようにしています。でも、そこで解決しようとはしません。彼らの視点に立った課題を頭に詰め込んだまま眠りにつくのです。すると、しばしば朝起きると新しいイノベーションが生まれることがあるのです。睡眠が足らないと人の意見に同情はできますが、共感までのアクティブな感情まで進まないのです。

■ 地球のことをいつも考える
スーパーに行って商品を買うときに、価格だけでなく、その商品を生産するためにどれだけのCO2を排出したか、環境にどれだけ貢献している商品かの表示をすべきと考えています。コロナもそうですが、CO2の問題には国境はありません。この人類共通の問題に立ち向かうためにはグローバルにものごとを考える必要があります。自分の行動が地球に関してどれだけ貢献しているのかを常に考える必要があります。商品を選ぶときに価格だけでなくCO2の排出量、環境への貢献度も判断基準にすべきです。

 完璧な先祖にならない
子孫や後世の人たちがさらに革新していく下地を作ることを念頭に置いています。完璧な先祖になるのではなく、程よい先祖になることに努めています。子孫がやっていく仕事の中に彼らが、自分たちで革新する余地を残しておきたいと思っています。後世の人たちへの敬意も大切にしたいのです。

■ 子どもたちの教育について
インターネットで、ある程度の情報は調べられる時代です。教師は生徒に知識を教えるのでなく生徒と一緒に学ぶ共同学習者になるべきです。教師の仕事は、生徒が自由に研究や学習ができるような環境を用意することです。土と水と太陽があれば放って置いても植物は太陽に向かって伸びていきます。生徒の自主性を尊重して何を勉強したいかは生徒に決めさせる。教師は、あくまで黒子、サポーター役に徹するという考えが良いと思っています。

■ プロセスをオープンにしておけば、いつか誰かが改善してくれる
改善するためのプロセスを保有していることは人類が共有できる貴重な財産です。プロダクトには物理的な制約がありますが、改善するプロセスを公開して共有できれば、将来、そのプロセスの欠点を見つけた誰かがそれを改善してくれるかもしれません。オープンコミュニティはプロダクトをより良いものに変える力を持っています。

■ オープンな考え方を身に着けてスマートな市民に
ソフトウエアの著作権や特許などの知的財産権の訴訟を起こすと脅されてイノベーションが阻害されています。それがなければ、日々の業務でオープンイノベーションやオープンAPI、オープンデータさらにはオープンソースの考え方を身に付け何がどのように機能するかを学んで、10代のうちから大変有意義な社会貢献が出来るようになります。ソフトウエアがリードしていく社会において、できるだけ早い段階でオープンソースやオープンAPIソフトウエアを使って社会貢献活動を開始することが、よりスマートな市民になっていくための鍵になると思います。

■ Ubuntu「他者への思いやり」
私は、Ubuntu(ウブントゥ)という思想を信じています。Ubuntuは、コンピュータのOSであるLinuxのディストリビューションとして有名ですが、アフリカに伝わる伝統的な考え方です。この言葉は、もともとズールー語で、「他者への思いやり」という意味です。デカルトは「我思うゆえに我あり」と言いましたが、ウブントゥの考え方は「彼らがいるから我がある」です。

自分を育て完成させていくためには、自分がパズルのピースの一つになり、お互いに助け合ってパズルを完成させるということが最も意味があると考えています。全体像が完成したときに初めて自分自身を完成させることができるのです。それは、先入観を持って人に接しないということです。人の価値観を大切にし個を受け入れ、お互いを尊重し合って共感する、これがウブントゥの真髄です。これがデジタル時代の作法の基本になると信じています。

■ まとめ
1時間足らずの講演でしたが、学ぶところがたくさんありました。タンさんは、政治家ですが経済や防衛や福祉などの言葉は全く使いませんでした。手塚治虫の火の鳥が宇宙から地球を見るように常に地球や人類のことを考えて発言しています。発想の原点が今までの政治家とは全く違うと感じました。アフリカのウブントゥの「彼らがいるから我がある」という考え方がこれからのデジタル時代の重要なキーワードになると思いました。日本でもデジタル民主主義が普及することを願っています。

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