▶KZさんのお話、そして……
私の周りで自殺したのは彼だけです。皆は自殺した彼ほど「自殺、という行為が似合わない人はいない」と言います。以後、彼をKZさんと呼びます。(高22期 伴野 明)
KZさんは、68歳でした。私が商売を始めて3ヶ月以内に来たお客さんでした。それから4年ほどは頻繁に来てくれた常連さんです。ちょっとブランクがあっても、また復活の繰り返しをしていた人でした。
KZさんはとてもリーダーシップがあり、「彼を尊敬している」と明言する人もいたほどです。私の知る限りでも熱烈な支持者が10人は思い浮かびます。全てに強気、でも誰に対しても面倒見は良い。正義感も強い。
そんな彼が「自殺」したという連絡が支持者から入りました。「明日、葬儀だけど行きますか?」と。急な話で、私は所用で行けませんでしたが、その後様子が分かりました。
「異常な葬儀だった。全てがおかしい」と言うのです。KZさんの親族、元の奥さんなど誰も来ず、娘さん一人だけがいたそうです。「すぐ火葬します。それで終わりです」と娘さんが言ったとのこと。あまりの異常さに集まった5~6人があっけに取られて全く無言だった。
その日の夜から支持者の皆が私に連絡をくれました。「全然葬儀になっていない、あんなの初めて。亡くなった翌日に火葬ってどうなの? 警察はなんと言ってるの? これ、自殺じゃなくて『事故』じゃないの? マンションの5階から飛び降りたことになっているらしいけどそこだけ手すりが低いので酔っ払って落ちた可能性は?」 落ちる前にコンビニに行って何かを買ってきたのは確かだそうで、『自殺直前に買い物?するかね……』そんな電話が続々と続きました。
私も事実が知りたいと思い、翌々日に管轄の警察署に直接電話をしました。「彼が亡くなったのは事実ですが、それに関する事は親族の方以外にはお答え出来ません」と取り付く島がありませんでした。
KZさんの実家は青山の一等地、豪邸で彼の父親は航空機の機長です。そのほか親族は学校長、裁判官など社会的地位の高い人ばかり、言わばエリート一族です。私の店に来はじめたころは大学6年生、留年を繰り返し、やっと八年目に卒業、入ったのは大手のゲームメーカーでした。入って数年で頭角を現し、5年後には部下が150人いたというから驚きです。ところがその絶頂期に突然会社を辞め、小説を書き始め作家になったのです。
ここで彼の人生は大きく変わりました。小説とは官能小説、いわゆる「エロ本」です。彼のエロ本は大当たり、たちまち有名になり絶頂期は年間12作を書いたそうです。しかし彼の成功は親族にとって極めて不名誉、そして一族の「鼻つまみ者」になってゆきました。もう一つ、KZ氏が背負ったマイナス要素は糖尿病でした。注射器を持ち歩かないといけない、重度のものです。
彼の別れた奥さん、前述の娘さんの母親ですが、誰もが認める素晴らしい女性です。私は離婚したことは知りませんでしたが、綺麗に別れたようです。そしてその後、KZ氏は別の女性と付き合っていました。私は会ったことは、ありません。
私が最近、といっても6年前からですが、KZ氏と情報交換するようになったのは私が小説を書くようになってからです。彼はプロで私はアマチュアですが、ここが良い、ここが悪いと批判しあったり、なかなか良い関係でした。
ところがある年の年末、彼との連絡が一切取れなくなりました。「何があったのだろう」と気を揉んでいましたが、四ヶ月後、連絡が入りました。「倒れて入院していた、もう大丈夫」とのことでした。「糖尿病の影響だな」と推測できました。
それから二ヶ月後、突然、「オレ引っ越すから」と連絡が入り、その転落したマンションに引っ越したのです。なぜ引っ越したのかは分かりません。その後、小説の情報交換は復活し、何事もなかったように続きました。KZ氏が新作を書き出したと聞いたので、「心身共に復活したな」と喜んでいた矢先、「自殺」の報です。
「鼻つまみ者KZさん」はおそらく、親戚から縁を切られていたのだろうと思いますが、大きな疑問が一点、「自殺と思われる人を、翌日火葬することがあり得るだろうか?、なぜ火葬を急ぐのか?」皆の意見はそこに集まりました。
「KZ氏の自殺を喜んでいる人がいる」との噂もありました。これは憶測の域を出ませんが、「KZ氏の親族で、裁判官など法務関係の人が手を回したのでは」という人もいます。これが事故であると、マンションの責任問題など、争点が出て長引くのを阻止したい。さっさと終わって欲しいのだ。……そうかも知れません。とにかく、もう終わってしまったことです。
ここからは私の推測です。自殺の日、彼女から、別れ話があった。KZ氏は自分の容体と今後の孤独に絶望し発作的に自殺した。おそらく、別れを告げられ呆然として外に出て、目的も無くコンビニで買い物をした。自分の部屋の階まで上がったが、もう部屋には戻れない。自分の行く先は「死」しかないと悟ったのでしょう。おそらく警察は彼女から直接事情を聞き、自殺であることを確定したのでしょう。
ここに書いた記事は私の推測以外は全て事実です。事件の概要が分かって私が思ったのは、「彼を救う方法があっただろうか?」、「もし、思いとどまらせる事に成功したとしても彼に『未来』があるのだろうか?」……どちらも無いのでは?
自殺は決して容認できるものではありません。KZさんは、ひとりマンションで、迷い込んでしまったのではないでしょうか、「人生を諦めるという選択―尊厳死」という隘路に……。
死という誰でも通らなければならない深いテーマですね。森鴎外の高瀬舟を思い出しました。日本の交通事故死は減り続け、代わりに自殺者が、その10倍くらいに増えてしまいました。戦争でも、毎日たくさんの命が失われています。この記事を読んで何よりも貴重な命を大切にしなければならない、と痛切に感じました。
戦後の混乱期、自殺は生活に困窮し、「将来を悲観した一家心中」のような動機が多かったのではないでしょうか? 現在の日本では行政の対応でそれはぎりぎり防げるでしょう。
一概には言えませんが、自殺に至る経緯には「心の未熟さ」が大きなウェイトを占めていると思います。当然それは、若い人ほど。
行政や宗教団体など、必ず自殺防止相談窓口があります。それがどれほど機能しているのか分かりませんが、そこに電話する勇気があるかどうかが問題です。ならばどうすれば良いか。
「私はこうして自殺を思いとどまった」のような、例題ではないですが、そんな記事があれば効果的ではないでしょうか。――それは記恩ヶ丘で取り上げる話題ではないでしょうけど。