▶資産価値の評価:トランプ・ニューヨーク州民事裁判に寄せて (高22期 高橋克己)

Wikipediaより

16日(現地時間)にニューヨーク州(NY)の裁判所で、トランプ前大統領に3億5千万ドル余(約525億円)の罰金などを命じる民事裁判の判決が出ました。即座にトランプは控訴すると述べました。本稿ではこの事件とM&Aでの資産の時価評価についてごく簡単に紹介したいと思います。

事件の骨格は、トランプと子息らが有利な条件で融資などを受ける目的で「トランプ・オーガニゼーション」(「TO」)が所有するフロリダの別荘やNYのビルなどの資産価値を「数十億ドル」も水増しした財務諸表を金融機関に提出したとして、NY州司法長官が州の最高裁に提訴したというものです。

トランプ陣営は、この判決について「これは正気の沙汰ではない。実際に誰も被害を受けていないのに3億5千万ドルの罰金を課す考えだ」「銀行は文句を言わなかったし、保険会社も…レティシア・ジェームス(NY州司法長官)の説明はすべて完全な嘘だ」と述べています。

ポイントはここです。つまり、「TO」が財務諸表を提出して融資を受けた銀行や保険会社などは、その内容に納得して「TO」に融資している訳で、「誰も被害をうけていない」のです。NY州は、金融機関からの法人所得税収入が減った、というかも知れません。が、そうであっても罰金525億円とは驚きます。

トランプの弁護士は、財務諸表は「社外会計士と協力して社内で作成した」「貸し手はそれを受け取った後、自ら調査・吟味する」と述べました。が、裁判官は、「(被告は)評価は主観的なもので、法律が罰するのは『重大な』逸脱のみであるという」が「嘘は嘘であることに変わりはない」と断じました。

そこで、この取引を一般的な企業のM&Aのケースに当て嵌めて考えてみたいと思います。まずM&Aという語ですが、それはMergers(合併)とAcquisitions(買収)の頭文字で、企業全体あるいは企業の一部の事業(工場や商権etc.)などを、合併または買収する取引のことをいいます。

ここでは株式会社丸ごとのM&A(TOBを除く)に絞ります。記事に出てくる「財務諸表」には「損益計算書(PL)」「貸借対照表(BS)」「キャッシュフロー計算書(CF)」の3種あります。PLは一定期間(年間、半期、四半期)の収益(売上)と費用(原価)及びその差し引き利益を表し、CFも一定期間のキャッシュ(現金)の収支を表します。

一方、BSは各期末の資産と負債、およびこれらを差し引いた純資産の残高を表します。企業の価値をBS(帳簿)上の純資産、すなわち簿価純資産と考えれば、有価証券報告書や営業報告書で企業価値を知ることができます。が、そう単純ではないのは資産も負債も全て時価に換算する必要があるからです。

例えば土地は購入価格が帳簿に記されますが、時価(路線価)は判るとしても、競争入札すれば路線価よりも高く落札する可能性があり、近隣の取引事例などから落札価格(時価)を想定する必要があります。流動資産も現預金などは良いとして、棚卸資産(在庫)の時価評価は簡単ではありません。

一般的に、この種の見積もりは売り手と買い手の双方が外部の会計事務所に依頼し、全ての資産と負債を時価で見積もった時価純資産額を出し合い、代理人弁護士を立てて交渉します。これを時価純資産法といいます。トランプのケースはM&Aではないが、おそらくこうした手順でしょう。

時価純資産法の他にもEBITDA倍率法やさらに複雑な現在価値法などもあります。EBITDAとは「Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization」の頭文字で、税(Tax)引前利益に支払利息(Interest)と償却費(Depreciation and Amortization)を加えた利益(Earning)です。

成長が見込めない成熟産業ならEBITDAの2倍(2年分)とか、将来性のある成長産業なら10倍(10年分)とかいった具合に、双方で倍率を交渉して買収価格が決まります。つまり、EBITDA倍率法も売り手と買い手の「主観」のぶつかり合いで決まるということです(現在価値法はこちら)。

いずれにせよ企業価値は、算出方法を含めて売り手と買い手の交渉で決まるのです。NYの裁判官は認めませんが、時価評価に主観が入るのは当たり前で、それをベースに交渉が行われ、双方自分の方が得をした、と思う価額で取引が成立するのです。果たしてこの事件、上級審の判決がどうなるか注目です。

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