▶[小説] 床屋の事件簿3(高22期 伴野明)


[3:実演]

 火曜日、武は興味津々で会場に乗り込んだ。20坪ほどの会場に30人ほどが集まっている。確かに結構いるじゃん。だけどこの中にサクラが混じってるはず。絶対、二、三人はサクラ。――しばらく説明聞いてればサクラが煽りだすはず。武はしばらく黙っていることにした。
「武さん……」おっ、野中さん来たな――野中さんが入ってきた。それに(おしゃべり)松井さんがおまけに付いてきた。
「あぁ、どうも、どうも」三人はヒソヒソ話をするために一番後ろの席に移動した。午後一時から、問題の『無限エンジン』の発表会――その二日目が始まった。
「皆様、お忙しいところ、わざわざお越しいただきまして誠にありがとうございます」
『無限エンジン』の発明者という芦田弘の解説が始まった。度の強いメガネをかけた痩せた男、いかにも学者風だ。
 まず野中さんの話の通り、『無限エンジン』のデモンストレーションを始めた。
「このとおり、電池とかは使っていません」といって芦田はエンジンの裏側を見せた。たしかに電池が入りそうなスペースはない。
「このエンジンが、いま私が特許出願中のシステムです。ここに出願書のコピーがあります。どうぞご覧になってください。内容は、はっきり申し上げて一般の方にはちょっと難しいです。もし詳しくお知りになりたい方がいらっしゃるなら、いくらでもご説明いたします。専門家でも学者でも、どうぞ質問なさってください。私は絶対の自信があります。この特許さえ下りれば世の中変わります……」と、説明は続いている。

「武さん、どうっ? どう感じる?」野中さんが小声で聞いてきた。
「今日初めて見たけどよぅ、正直、不思議な感じはあるね……インチキでも結構うまく作ってると思うよ。このあとどう突っ込んでやるか、いま考えてるとこ……」武は思案中だ。
「着てる服が貧乏くさいな――あれ、かなり安物のスーツだぜ。それってわざと貧乏学者のイメージを作ってるんじゃねえ?」と松井さんの観察が入った。

 デモンストレーションが次の段階に入った。芦田の説明に熱が入ってきた。
「皆さん、説明の最初のところを思い出してください。私、このエンジンに触っていませんよね……どこかにスイッチがありますか? ……ありませんね。なのにこのリングは回りだした……そしてずっと回っています。いいですか、なにも足さないのにこれは回っているんです。本来なら回りつづけるいうことは何らかのエネルギーが追加されていなければなりません……この状態は、見方を変えれば加速していると言えます。皆さんはモーターみたいな印象を持たれたと思いますが、回る原理はかなり近いです。いわゆる磁力が関係ありますからね。最初に私は手をかざした。それが弱い磁力に変わって、最初のごく小さなエネルギーが起き、増大して加速しはじめるんです。私、電気自動車を使ってまして、この『無限エンジン』を最大化して載せてみる予定なんです」芦田が言うように店の脇には黄色い電気自動車(ビーバー)が置いてあった。
「けっこう説明うまいな――まだ突っ込みどころがねえ……」武はちょっと感心した。
 デモが一段落し、質疑応答に入った。さっそく武が質問した。
「芦田さん、これ、いわゆる『永久機関』じゃないんですか? それって確か不可能っていうことが証明されてるはずなんですが」それを聞いた芦田はその手の質問には慣れているらしく、笑顔で話し出した。
「『永久機関』じゃ、ありません……『永久機関』は一度動き出したらずっと回り続けるものを指しますが、皆さんリングをもう一度見てください」芦田がリングを指さした。
「なにか気付きましたか?」そう指摘されて武をはじめ、皆が一斉にリングを見つめ直した。
「あれっ、速くなってる」松田さんが叫んだ。……確かに、リングの回転速度がさっきより上がっている。
「わかりましたか? 加速しているのが」そう言って芦田は近くにあった照明スタンドを近くに寄せた。
「このリングは、ここを照らすと反射して、天井に模様が映るようになってるんです」芦田が照明の位置を調整すると、天井に模様が浮かんだ。なかなかきれいな光がグルグル回って天井に映る。「おおっ、」それを見て野中さんが思わず声をあげた。
 武も、ちょっと驚いたが、質問を変えた。「『永久機関』じゃなかったら何なんですか?」
「『無限エンジン』は言い方を変えると『宇宙エンジン』となります」と芦田が不思議な言い方を始めた。

「宇宙? ますます分からねえ、分かりやすく言ってくださいよ」武がちょっとムカついてきた。
「『ビッグバン』って皆さん聞いたことあると思いますが」芦田は手を開くしぐさで爆発を表現した。
「聞いたことあるよ、宇宙が一点から広がったっていう説でしょ」武が、そのくらい知ってるとばかりにぶっきらぼうに言う。
「その原理と同じです」芦田が自信満々に言った。
「同じ? ってどういうこと」松田さんが難しい顔で尋ねた。野中さんも――いくらなんでもちょっと話が飛躍し過ぎじゃねえの? ――という顔をしている。

「皆さん、ここが肝心です」芦田が声をちょっと低めた。
「ご存知かもしれませんがビッグバンの後、宇宙は膨張し続けているんです。それも加速しながら……」芦田は腕を高く上げ、指をゆっくり回しながら続ける。
「いいですか、例えば原爆。爆発の後、一日後。爆発はさらに大きくなりますかね? ……爆発は収まるでしょ ――静まる。それが自然ですよね……じゃあビッグバンはどうかというと、爆発の後、さらに加速して宇宙は遠ざかっているんです。静まるんじゃなくて加速するんですよ。何かが押していると考えなければなりませんね。不思議です。さてそこで……ちょっと現実に戻りましょう……いまリングはどうなっていますか?」芦田に促されて再びリングを見ると皆がギョッとした。
「えっ」リングはさらにスピードを上げていた。
「これが『宇宙エンジン』なんです」芦田は、どうですかという顔で皆を見まわした。
「なにも足さないのにさらに加速していますね」芦田の説明に武は沈黙した。
 武は何か反論しようと考えたが、単純明快すぎて突っ込みようがない。
「ほかに何かご質問は?」芦田の質問に、一番近くにいたひげ面の太った客がズバリ聞いた。
「これって担当直入に言うと、投資してくれっていうことじゃないの?」それを聞いて芦田の顔が変わった。
「おっしゃる通りです……そこに積んである商品の『宇宙エンジン』、本物じゃありません。模型なんです。偽物を売るつもりはありません。模型です。本物は、今、リングが回っているこれだけなんです。これを一個作るのに財産をつぎ込みました。皆さま、趣旨を理解していただいて一個、一万円で買っていただけませんか? 特許が下りるまで食いつなぐ資金が必要なんです。正直、模型で一万円は高いです。皆さまには申し訳ありませんが、応援の意味で出資をお願いしたい。いかがでしょうか? これは説明が終わって最後にお願いするつもりでしたが、いま、成り行きでこうしたお願いになってしまいまして」芦田がそう懇願する姿を見て場の雰囲気が変わってきた。
 野中さんが、松井さんに手招きした。「ちょっと、ちょっと、松井さんよ、オレ、これ絶対インチキとばかりは言えないと思うんだ、どおっ?」
 松井さんは同調した。「オレも同感だな、この人まじめだよ。――必死さが伝わってくるよ。一万円ぐらいなら、騙されたつもりで払ってもいいな」
 さっきの客がさらに質問した。「見返りがあるなら私、少し余分に投資してもいいけど、どうすればいいのかな?」
 成り行きが変った。積極的に投資を申し出る人が現れた。
 そんな中、突然、武が発言した。「具体的に見返りの話を説明してくれない?」
 えっ、武さんが投資かよ? 松井さんと野中さんは顔を見合わせた。
 武の声に芦田は嬉しそうに頷いている。
「ありがとうございます。投資していただくのは無理かなと思っていましたが、一応条件は考えてあります。一万円を超え、一口一万円単位でいくらでも歓迎です。特許が下りたら、頂いた金額の150パーセントをお返しするつもりです。」
 芦田が明るい顔で答えた。
「150パーセントなら悪くないけど野中さん、どうする? やってみるか?」松井さんは乗り気だ。
「申し訳ありませんが、出資法があるので、領収書には品代としか書けません。……見返りはあくまで口約束です。それでよろしければ……」芦田が控えめに小さな声で言った。
「わかったよ、わかった……あんた気に入った。こんな風にがんばってるのに困ってる人に出す金は惜しくねえ。買うよ」武は三万円出すことにした。松井さんと野中さんも同額だ。会場がざわざわとなってきた。全員が少なからず投資する気になったようだ。申し込みが相次いだ。
「がんばってよ」、「がんばって」、「よろしく」三人は芦田の肩をたたいて店を出た。
『金を捨てるかもしれないが、今日は気分がいい』日記はこの一行だ。

 翌日の夕方、松井さんが顔を出した。
「今日は最終日で40人はいたぞ。解散するとき皆、なんか嬉しそうな顔をしていたから、やっぱりほとんどが投資したんじゃないか?」
「まあ、なかなかいい話じゃね、町の発明家に皆が応援するのは……」武が胸を張った。
「おう、そうなんだけど……いまふと思ったんだが、あの人この辺の人じゃないよな……」松井さんはそう言いながら、会場でもらったパンフレットを開いた。
「東京都足立区? ――足立から来てるのか……」ちょっと遠いな。
「あちこち出向いて投資してもらうんだろ、たいへんだよな、よくやるよ……」武はそう言いながら暗算を始めた。一人平均三万として、二十、三十、四十人だと三日で九十人、「おい、二百七十万だぞ。少なく見積もっても二百万はいくな……」計算をしてみて武は少し冷静になった。今思うと、日増しに人数がどんどん増えたのが不思議だ。武は、はっと気が付いた。
「松井さん、あんた話を拡散しなかった?」と松井さんを睨む。
「あっ、ああ、あちこちに言ったよ、いい話だからさぁ」松井さんは、はにかんだ顔で答えた。
「いいけど、あんまり増えるとちょっと怖くねえ?」武はちょっと不安になってきた。
『発明は結構金になる。オレには無理だが』とその日の日記に書いたが、なぜかすっきりしない。

 木曜日、野中さんが息を切らして入ってきた。
「今日は例の店を片づける日なんだが肝心の芦田さんが来ねえ。電話しても繋がらねえ。片付けは別料金なんだが、これじゃやれねえぞ……電話しても、『その番号は現在使われていません』になっちゃう、ほったらかしで雲隠れだ。ちょっとおかしいぞ、これ……」それを聞いて武も急に不安になってきた。――まさか?。
 金曜日になっても芦田からは何の音沙汰もない。野中さん、松井さんが集まって来たが、顔を見合わせるだけで、言葉が出ない。沈黙に耐えかねて武が発言した。
「来週、このままで済むわけないぞ……」
「ポスター配ったのオレだから、絶対何か言われるな」野中さんがそう言ってため息をついた。
「一番ヤバイのは私ですよぉ」松井さんがオドオドしている。
「まだインチキに引っかかったとは言えないけど……いや、局面が変わったな。どうも悪い方らしい……」武が観念したようなイヤな言い方を始めた。
「これ、……詐欺だとしたらオレたち自身も被害者だよな……あの真面目そうで頑張ってるイメージにコロっと騙された。でも形としてはあの商品を気に入って買ったことになってるし……」と武は首を振った。
「そうそう、ちゃんと全員に領収書出してるし」野中さんも下を向いている。
「連絡取れないのが決定的にヤバイですぅ……」松井さんは泣きそうな声になった。
「こうなったら来週、三人で警察の防犯課に行ってみるしかないな……」武は覚悟を決めた。(続く)

    ▶[小説] 床屋の事件簿3(高22期 伴野明)” に対して6件のコメントがあります。

    1. 廣瀬隆夫 より:

      この詐欺師、うまいですね。無限エンジンの原理の説明をもう少し膨らませても良いかもしれませんね。

      私も、昔、回り続ける不思議なコマというものを出張のお土産で買いました。嘘とは分かっていても、こういうものに憧れますよね。以前、記恩ヶ丘に書いた記事がありましたのでご紹介します。
      https://kiongaoka.sakura.ne.jp/blog/2021/06/16/topsecret/

      1. 加藤麻貴子 高22期 より:

        不思議なコマの投稿読みました。面白いですね。子供の頃水を「飲み続ける鳥」を父が買ってきて、「これは特許をとっている」と言っていたのを思い出しました。次回が楽しみです。

        1. 廣瀬隆夫 より:

          「飲み続ける鳥」はこれですね。私も不思議だと思っていました。
          https://kiongaoka.sakura.ne.jp/blog/2021/06/15/heiwadori/

          「ラジオメーター」これも回り続ける羽で不思議なものです。
          https://kiongaoka.sakura.ne.jp/blog/2021/06/17/radio/

          若い頃、永久機関に憧れていた時期がありました。その頃は、諸行無常が分からなかったのですね。

    2. 高22期 伴野 明 より:

      「TOP SECRET コマ」の事は全然知りませんでした。同じような事をやってみる人が居るのは愉快ですね。私の方の「宇宙エンジンで回るコマ」の原理はメチャ単純です。しかも回り続けるだけでなく、加速するんですよ。(勝ってます!)
      その時代にアメリカに行きたかったですね。たぶん全員を騙せたと思います。(笑)

    3. 和田良平(髙17期) より:

      いやー、面白いですね。まだ続きがあるんですか?

      1. 廣瀬隆夫 より:

        まだまだ続きますよ。楽しみにしてください。

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