▶[小説]床屋の事件簿5(高22期 伴野明)

[5:何か、何かないか……]

 武は頭をひねった。手がかり――何か手がかりはないか。無限エンジンの発表会の光景を思い浮かべた。エンジンのデモ、その回転が、気付くとだんだん速くなってゆく。その現象に驚いていると見事にはめられた。――あのとき自分は何を考えていたんだっけ――あの時、――武は目をつぶってあのシーンを思い浮かべた。……ん、たしかこの回転はどこまで早くなるんだろうって思ったな。そのタイミングにヤツは確かこの装置を最大化して車に載せるんだと言ってた。――それって無限エンジンが実用になるって連想させる演出だったわけだ。――本物の電気自動車が動かせるんだって思わせる。

 ここで武はひとつ気が付いた。あの黄色い電気自動車は、けっこうお古だった――芦田があれに乗ってきたとすると――あの電気自動車はごく初期のモデルだ。だとするとたぶんバッテリーは性能が落ちてて、途中の充電なしでは50キロぐらいしか走れないはずだ。ってことは帰りの距離を考えると、多く見ても片道30キロ圏内から来たんじゃないか? 遠くない――ヤツの居場所はそれほど遠くない。――30キロ圏内にある黄色い電気自動車。特に黄色のモデル自体珍しい。――唯一の手がかりだが、これは意外に探しやすいんじゃないか。武は奮い立った。
『芦田、見つけられるのは時間の問題だ覚悟しろよ!』力が入って日記の字が太くなった。

 翌日、早朝に三人は集まった。武が昨日の推理を説明した。
 野中さんがうなづいた。「なるほどな、実は私も昨日いろいろ考えたんだ。一つ言えばヤツの住所は東京の足立区になってたけど、雑談してるときに私、感じた。あの話し方は浜っ子だな、生まれは絶対横浜だと思う。どう? 松井さん」
「同じ意見です。とにかく何かしないと」と、松井さんは居ても立っても居られない。
「私、車のディーラー三件知ってる。所長が同級生だから聞いてみるよ。あっ、電気自動車か、それならそのうちの二軒だな」と野中さんは電気自動車を扱っている店に聞いてみることになった。
「私も知ってる中古車屋をいくつか当たってみる」松井さんも動き出す。
武は、まんまと騙された『無限エンジン』のウソをどうしても解明したい。そうだ、神山に聞いてみよう、ヤツならわかるかもしれない。神山は高校の同級生だ。模型屋をやっていて電気、メカに詳しい。もう仕事どころじゃない、店は息子の薫に任せて模型屋に飛んだ。
 神山の店は商店街の外れにある。昔からの模型屋として有名だ。
「洋一さんいる?」武は店に入るなり洋一を呼び出した。
「店長は食事中なんですが」アルバイトの店員が答えた。
「東条が呼んでるって言ってくれる、急用だって」

 しばらくして山神が出てきた。あいかわらず仙人みたいな風体だ。
「なんだよ東条、飯ぐらいゆっくり食わせろよ。急用ってなに?」神山は思いっきり面倒くさそうな素振りだ。
「悪い悪い、ちょっとここじゃ話せない、表に出てよ」武は店の裏に神山を連れ出した。事件を手短に話すと「それでその『無限エンジン』ってのが何か見当つかねえかな?」と神山に尋ねた。「電池とか何もねえのに手をかざしただけで回り出す。そんなこと可能か?」
 神山はちょっと考えて、「そのリング状の装置の上面はプラスチックじゃないか?」と聞いた。武は自分が買った模型をしみじみと見たから覚えている。たしかにリングの上面には黒っぽいプラスチックがリングを一周するように貼ってあった。
「その通り」武が答えた。
「じゃあ簡単な事だ。それは太陽電池パネルだ。それに光電スイッチの組み合わせ。たぶんリングの中心には細いモーターが入ってる。うちでもそんなモーターは取り寄せできるぞ。話から想像すると、手をかざすところに光電スイッチがあって、そこの光を遮るとスイッチが入る。あとは太陽電池だから室内の光からエネルギーをもらってずっと回るわけだ」と、神山が指をくるくる回しながら解説した。
 聞いてみると至極単純なトリックだ。武は唖然とした。やっぱヤツの演技力だな。プロの詐欺師か、こんなことに引っかかるなんて、あー、オレも甘い。
「洋一、ありがとよ、恩に着る。こんど孫にラジコン買ってやるからまた来る」武は一礼して店を出た。
『自分のバカさ加減にハラが立つ。物事分かってるつもりだったが甘かった。強いヤツなら張り合えるけど、弱そうな相手にはどうしても甘くなる』今日の日記はただ反省。

 数日経った。また松井さんが飛び込んできた。「みんな不審がってる。連絡が取れないって」
「そりゃそうだ。ここまで来たらオレたちも被害者で困ってるって発信しないと収拾つかなくなる」しかたねえ、武は腹を決めた。
「この件、私のところが連絡先になるよ。この話、持ってきたのは野中さんだけど、あの人、工事屋だからいつも会社にいない。松井さんも営業で外回りだから同じだよね。うちはよっぽど忙しくない限り対応できる」
「武さん、ホント申し訳ない」松井さんが武に詫びた。
「こうなったら何とか収めないと。三人が全力でやるしかないでしょ」そうは言ったが武は気が重い。

「武さーん、見つかったぞ」野中さんから待ちに待った情報が入った。
「日進自動車のディーラーからだ。旧型の電気自動車のバッテリー交換を希望する客が一か月前に来たらしい。見積って結局、費用が高いと断られたんだが、珍しい黄色のボディカラーだったので覚えているということ。それでな、持ち主を教えてくれって頼んだんだが、個人情報なんで教えられないなんてグズグズいうんで、私これから事情を話しに行ってみる」
 やった、それだ! 武は震えた。さっそく松井さん、それに剛田さんに連絡を取った。幸い二人とも都合はいいみたいだ。
 床屋の閉店時刻に松井さんがやってきた。すこし経って野中さんから連絡が入った。
「住所分かった、渋谷町だ。日進の所長に食い下がって聞き出した」
「よく教えてくれたな」武が感心した。
「所長、渋ってたんだが、私が昔、彼の面倒見たことがあって、『内緒』で教えてくれた」
 すごい、大手柄じゃん。武と松井さんは盛り上がった。
 剛田さんが到着した。「どうもどうも、分かりました?」
「渋谷町の三丁目のマンションですね。だいたい位置わかります。行っちゃいましょう」
 武が決めた。全員がそこに向かうことになった。野中さんも行く。

目的のマンションはすぐ見つかった。近くの空き地に車を止めると、ちょうどマンションの出入り口が見える。
「305号だから、あの真ん中あたりだな。どうする、乗り込む?」武がみんなに確認した。
「いや、ここは待った方がいい」剛田さんが止めた。
「乗り込もうとしても部屋に入れてくれない可能性が高い、逆に警察に通報されて、むしろこちらが調べられる」剛田さんは手で『ダメ』の形を作った。なるほど、さすが剛田さんだ。読みが深い。
「あっ、出てくる」松井さんが叫んだ。突然305号室のドアが開いて二人の男が出てきた。風体から一人は芦田に間違いない。黒いバッグを抱えている。二人はマンション下の駐車場に向かった。
「黄色の電気自動車ビーバー、確かにあれだ」野中さんも重苦しくつぶやいた。
 芦田は助手席に乗り、運転席にはもう一人が乗った。
「あっ、あいつ覚えてる。クッソー、あいつがサクラだったのか」ひげ面の太った男、会場で投資をすると言い出したヤツ、思い出して武は怒りに震えた。
「つけましょう」剛田さんの指示で、皆は少し離れて電気自動車に続いた。
 車は近くのファミレスに止まった。剛田が指示を出した。「私は顔が割れていないからヤツらに近づける。一人で先に入ってヤツらの近くに席を取ります」
 剛田の指示通り、三人はすこし遅れて店に入った。奥の方の席で剛田が手招きしている。なるほどヤツらとは背中合わせ。顔は見えないが声は聞こえる絶妙な位置だ。武は剛田の行動に舌を巻いた。なんて段取りがうまい人だ。

 ヤツらは注文が終わると小声でしゃべり出した。全員が耳を澄ましてギリギリ聞こえる隣の会話を聞き、携帯で録音する。
「アニキ、つぎも同じ手で行くんですか」ひげ面が芦田に聞いた。
「電気自動車を廃車にするまで、あと二回やるよ」芦田が答える。
「アニキってホントに役者ですね。私、あんなにうまく行くとは思わなかった」
「あんたも初めてのサクラにしてはうまいよ、というかその体形がいいのかな。ちょっといい服着ると金持ちに見えるから」芦田にほめられてひげ面がさらに聞く。
「最初に『無限エンジン』が動く仕掛けは聞きましたけど、途中からさらに加速したのはどうやったんですか。私はあれでみんなが引っかかったと思うんですが」
「ふふっ、聞きたいか?」芦田がニヤっとした。
「あのとき天井に反射した模様を映したのを覚えてるだろ」
「ハイ、みんなが天井を見上げて驚くと同時に回転スピードが上がったんです」ひげ面もそれが不思議らしい。
「あのときオレが何をしたかだ」芦田は依然ニヤけている。(続く)

    ▶[小説]床屋の事件簿5(高22期 伴野明)” に対して1件のコメントがあります。

    1. 高22期 伴野 明 より:

      高22期 伴野です。
      お読みいただいてありがとうございます。
      この5話の最後のファミレスで隣の話を聞く部分ですが、同様の事が実際にあったのです。
      静岡県の仕事の帰り、夜中にファミレスに立ち寄りました。
      もちろん、「隠れて聞こう」などの狙いはないのですが、たまたま隣に、ヤクザのアニキ、その子分のような人が座って会話しているのが聞こえました。
      「アニキ、どうしてそこで儲かるんですか? 教えてくださいよ」
      「いや、何もしてねえよ」
      「そんなこと信じられねえ、絶対なにかある」
      「ふふっ、まぁ、ないこともないがな……」
      「そこ、御願いしますよ」
      こんな会話でした。日活映画ヤクザ物、のワンシーンそのものでした。
      「本当に映画みたいな事ってあるものなんだ……」と思いました。

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