▶[小説] 床屋の事件簿4(高22期 伴野明)

[4:何かやってる]

 月曜日、三人は防犯課で係員を待った。
「お待たせしました。防犯課の山口です。どんなご相談ですか?」

 武が代表して説明をした。「詐欺のような事に引っかかったようなんですが」
「はあ、具体的にどんなことですか?」
「有望な発明に投資してくれという話で、結果的に商品を買わされて、相手は行方不明なんです」
「なるほど、その投資の話を説明する資料はお持ちですよね?」
「ああ、あります。これなんですが」武がポスターを係員に見せた。係員はじっくり見て、「これの他には何かありますか?」と聞いてきた。
 そう言われると武は、会場で特許の申請書などを見せられたが、コピーなど全くとっていないことに改めて気付いた。
「何もないんです……あっ、領収書ならあります」武は領収書を取り出して係員に見せた。

「ふーん、品代となってますね。何かを買ったんですか?」
「そうです、その発明の模型だと言ってました」
「これだけだと、きちんと売買が成立しています。詐欺という理由は何ですか?」
「まあ、その後、相手が行方不明だということなんですが」
「うーん、それだけだと犯罪性を見出すのが難しいですね。たしかにおかしいところはありますが、それが本当の話である可能性も否定できないわけです」
「相手を探し出して、その話がウソだったと認めれば、詐欺になりますが、この状況では警察は動けませんね」結局、三人は警察が動けないということを確認しただけで終わった。

 床屋に帰って武は途方に暮れた。投資しただれかが問い合わせてきたらどうする? オレたち三人とも詐欺の片棒を担いだようなもんだ。
「あら、いらっしゃい」突然、尚子が奥から出てきた。「うっ」武が直立して固まった。
「おっ、おじゃましてます」松井さんが挨拶を返した。
「どうも、奥さんいつもおきれいで」野中さんが無理に場を取り繕った。
 尚子は、直感でおかしな雰囲気に気付いた。――また何かやってる。
「野中さん、今日は何でいらっしゃったの?」
「ああ、武さんの所が休みだから三人で雑談をしてたとこ……」
「そうですか、でもなんかみんな硬くなってません?」と、尚子が探りをいれたが反応がない。
 なにか変な相談をしてる感じ――そういえば思い当たる物がある。尚子が武に尋ねた。

「あっ、そうそう、あなた、奥にある白い箱、なに?」
 しまった『無限エンジン』の箱をしまい忘れていた。武は焦った。
「飾り物買ったんだ、ちょっとおもしろいから」
「あっ、そう、へえー、どんな物、高いの? 見ていい?」
「見てもしょうがないよ、ただの模型だからさぁ」武は焦りまくる。
「そう、模型ね?」尚子はちょっと首を傾けて、(しょうがない人)という顔で奥に引っ込んだ。
 ヤバかったー、武は胸をなでおろした。
「武さん、奥さんシビアだな、この件、バレたらただじゃ済まないんじゃない? どうする?」野中さんが心配している。
 尚子はなんとか抑えるとして、投資した連中から突き上げが来る前に動かないとオレたち、この事件の責任とらされる。といっても警察はダメだし、相手は雲隠れ。どうしよう。
武は途方に暮れた。
『考えられる最悪の事態になった。八方ふさがり。……オレ、なにも悪い事してないぞ。なんでこうなるの』日記を書く手が重い。

 火曜日、定休日だから電話は来ないはずだが、もし鳴ったら怖い。今日一日居留守を使うしかないな。どこにも行く気にならない。武は重苦しくて店の椅子でぐったりと横になっていた。突然、「トントン」、「トントン」ドアをノックする者がいる。「えっ」武は驚いて飛び起きた。「こんにちはー、剛田です。いらっしゃいますか?」――声で思い出した。あのときのヤクザだ。
「ああ、いま開けます」武はあわててドアのロックを外した。
「あっ、今日は休みだったんですね。そうか、床屋は火曜休みか。すいません」そう言いながら小柄な剛田さんが入ってきた。あれっ、サングラスをしていない。あの時とイメージが全然違う。今日はなんとも人がよさそうな感じだ。
「休みでゴロゴロしてただけです、どうぞどうぞ」武は椅子を出した。

「ああ、すいません、長居はしませんから」剛田さんが菓子折りを差し出した。
「なんですか 、ご挨拶をいただくなんて」武はちょっと引いた。
「いや、おかげさまで葬儀はきちっと済みました。ところが蓮池さんの奥様が体が不自由なもんで、恩返しのつもりで私がいろいろご面倒を見させてもらうことになりました。今後、私、ちょくちょくこちらに出向きますので、この地域の事情みたいな特別な事があれば教えていただきたい。それでお伺いしたわけです」と、剛田さんが頭を下げて挨拶をした。
 蓮池とは二十年も会っていない。そういえばあいつには子供がない。奥さんと二人暮らしのはずだ。会社はどうするんだろう?
「会社がたいへんですよね……」武は剛田さんに尋ねた。
「会社は廃業します……奥さんがああいう状態では継続は無理です。従業員も納得して退職するんで、そういった事務処理も私がやります。それでこの辺の諸々の事を教えていただきたいんです」なるほど、そりゃあ大変だ、自分も何か役に立ちたい。武は協力をするつもりだ。
「当面何か困っていることありますか……うっ」武はそう言いかけて言葉に詰まった――自分がそれどころじゃない。
 雰囲気で剛田さんは武の困惑に気付いた。「あのぅ……私、無理言っちゃってますね」
「いや、そんなことはないんですが……」武は歯切れが悪い。

「ドン」ドアが勢いよく開いた。「武さん、ヤバイ」叫びながら入ってきたのは松井さんだった。
「あっ、お客さんいるの」松井さんが先客に気付いた。
「すいません、おじゃましてます」剛田さんがあわてて挨拶した。
「先月に来られたお客さん――私がドジして顔を切っちゃったの覚えてる?」と、武が松井さんに言った。
「ああ、あん時の……」松井さんも思い出した。
「無理言って散髪の順番変えてもらった剛田です。あの時はどうも」剛田さんは恐縮した。
「いーえ、気にしないでください、ところで武さん」松井さんもそれどころじゃない。武を店の隅に寄せて小声で話し出した。
「今日、三本電話があった……まだみんな、不審には思ってないけど、バレるの時間の問題だと思う。どうしようか?」
「夜じゅう考えたけど打つ手がねえ。オレも明日が怖い……」武が寝不足のしょぼくれた目を閉じた。
「あのぅ、余計なお世話になるかもしれませんが、なにかお困りですか?」剛田さんは、なんとなく状況を悟ったようだ。
「いやぁ、私らの問題なんで、ご迷惑かけるつもりはありません」と、武は遠慮した。
「私、いろいろこれからお世話になるんで、逆に、いくらかでもお手伝いできることがあれば言っていただきたいんですが」と、剛田さんの申し出だ。

 武はうれしかった。少なくとも他人に話すことで、いくらかは心が楽になるかもしれない。
「みっともない話なんですけど聞いてくれますか」武が事の次第を剛田さんに話し出した。
 ひとしきり話を聞いた後、剛田さんが机を「ポン」と叩いて立ち上がった。
「蛇の道は蛇、私は元ヤクザですよ。こういったやつらの手口はよーく知ってます。ゆすり、たかり、いろいろあるけど、これは一種の泣き落としだな……最初、堂々としてたのが急に弱いとこを見せる。そうするとそのギャップに引っかかっちゃう」
 剛田の指摘は全く図星だった。「面目ない、全くおっしゃる通りで」武は恐縮した。
「こういうやつらは法律的に挙げられないように手を打ってあるんです。だから合法的に金を取り戻すのは難しい。取っ捕まえても金は戻ってこないってことなんです。へへっ、そこで私が出番なわけです。私なら脅して金を吐き出させる。――どうですか、悪党から取り戻すためなら、こういう脅しは正義じゃないですか。見つかったら私に連絡をください」なるほど、確かに捕まえるだけじゃダメだ。それを聞いて武のモチベーションが上がった。よぉし、絶対捕まえる。
『待ってろ芦田、絶対許さねえ』今日の日記はそれだけ。(続く)

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