▶[小説]床屋の事件簿6(高22期 伴野明)

[6:逃がさねーぞ]

「えーと、照明灯を近づけて天井に反射模様を出そうとしました」と、ひげ面は答えた。
「反射模様が狙いじゃない。照明に近づけるのが目的だ」芦田は照明を近づけるしぐさを見せた。
「ハア?」ひげ面は意味が分からない。
「まだ分からないか、照明に近づけたら太陽電池にもっとエネルギーが行くだろ!」芦田はひげ面をバカにした。
「そうか! 反射模様に気を取られて太陽電池にエネルギーが追加されたことに気付かないのか」ひげ面はやっと理解した。

 ひそかに芦田の説明を聞いていた三人は愕然とした。――オレたち、ひげ面のレベルということか。
 剛田が三人の雰囲気に気付いてカツを入れた。
「皆さんがハメられたのは人が良すぎるからですよ。ガンバッている貧乏学者のイメージにやられた。これは明確に詐欺ですよ。私はキレイ事は言えねえ。元ヤクザだからね。だけど真っ当なヤクザは詐欺はしねえ。こいつらを私ら全員で絞り上げてやりましょうよ」
「剛田さん、私、忘れてたよ。若いころあんたと同じような思想だった。あんた純粋ですばらしい」武は感動した。
「それでだ。もうそろそろヤツらの食事が終わる。次の段取りを決めた。剛田さんが一人で食事代を払って先に出る。そうしてヤツらの車を押さえる。私らは後から出て駐車場で挟み撃ちにする。それで行きましょう」武の段取りに剛田も同意した。
「じゃあ」剛田が席を外した。
「松井さん、録音どう? 取れてる?」武が確認した。
松井さんが録音を再生してみた。指でOKサインを出して、小さく言った。「ギリギリ分かる」
 よし、行ける。三人は芦田の食事が終わるのを待った。

「長、出よう」芦田がひげ面に声をかけた。
 長? サクラは中国人なのか。武はそう思いながら芦田が店を出るのを待った。
 芦田が何か笑いながら長に続いて店を出た。黄色の電気自動車に近づく。芦田の足がピタリと止まった。サングラスをかけた剛田が車の前にいる。なにか近寄りがたいオーラを放つ剛田は、芦田のずっと後方の武たちさえ不気味に見える。芦田が金縛りにあった。後ろめたいものを持つ芦田にはそれがことさら大きく感じるのだろう。芦田はしばらく動けなかった。
「芦田さんか?」剛田が芦田に向かって口をひらいた。
 なぜ自分を知っている。芦田はそれに驚いたと同時に動けるようになった。「あ、あのう、何か御用ですか?」
「『無限エンジン』に御用があるんだが」剛田の低い声に芦田は縮み上がった。剛田はそれに追い打ちをかける。「後ろを見てみな」そう言われて芦田が振り向くと、三人はすぐ後ろに迫っていた。

「やあ芦田さん、特許は取れたかね」目が合った武がそういった。
「あっ、どうも。ま、まだです」と芦田はどもりながらうろたえている。
 剛田は思いっきりドスの効いた言い方で一気に押した。「そうかい、あんた『無限エンジン』投げ出す気はないか?」
「な、投げ出すっていうのは、ど、ど、ど、どういうことでしょう?」芦田は完全に狼狽した。
「芦田さん、あんたの会社、連絡取れないのはどういうことだい」武も続く。
「ち、ちょうど事務所を移転しまして」芦田はまだ言い訳をするつもりだ。
「芦田さん、『無限エンジン』って太陽電池なんだってな、ファミレスでの会話、バッチリ録音したぜ、オレたち隣の席で聞いてたんだ。」松井さんが携帯をかざしてニヤっとした。
「ヒイッ」インチキがバレた。長というひげ面の男は走ってその場を逃げ出した。
「アッ、あのやろう」野中さんが追おうとしたが剛田さんが止めた「あれはアルバイトだ、ほっとけばいい、芦田さんが居れば話はつく。芦田さん、話、しようぜ、あんたの車小さいからよ、オレの車に乗ってよ。そうそう、そのバッグ大事だよな。それも一緒に」
「あ、この、で、芦田はバッグを抱えて、意味の分からない言葉をつぶやきながらモジモジしている。
「早く乗れよ!」剛田さんがキレた声でどなった。「ハイハイ」芦田はあわてて剛田の車に乗り込んだ。
 車に乗り込むと武はすぐに切り出した。「あんたのインチキの話は携帯で録音したぜ、まあ、聞いてみなよ」すぐに松井さんが録音を再生した。会話の肝心な部分、長の「あれで引っかかった・・・」の部分はよく聞き取れる。「あんたと長さんの会話に間違いないな!」武が念を押した。芦田は無言でうなづく。
 話は剛田さんに代わった。「芦田さんよう、オレがさっき言ったように『無限エンジン』を投げ出す気になったろ、……もう証拠もあるんだしな。このまま警察にタレ込むのもいいが、お互い面倒だろ、なっ、だから投げ出せっていうんだよ。そのほうがすぐ片が付く、そのバッグに金が入っているよな」

 芦田はまだモジモジしている。剛田が叫んだ。「金を返せって言ってるんだよ! それでチャラにしてやるっていうんだからありがたいだろ! オレを怒らせたいのかよ」
 芦田が震え上がった「分かりました、か、返します」そういって芦田はしぶしぶバッグを開けた。札束が見えた「おお、ずいぶん貯めやがったな、オレたちの分が分かる書類を出せよ。早く! 余分に返せとは言わねえんだから、オレたち仏様みたいだろ」芦田は観念した。金額は一覧表にきっちりまとめてあった。野中さんと松井さんで手分けして金額を確認した。「ぴったり二百三十万円です」と言った野中さんが思い出した。「そうだ、発表会の事務所の片づけ代六万円が残ってる」
「ハイハイ、そうでした。申し訳ありません」芦田は追加で六万円を支払った。
「オーケー、これで終わりとしたいが、芦田さん、最後に詫び状書いてよ」と剛田が促した。
「詫び状ですか?」
「そうだ、この件は自分の間違いだったから金を返すとな。はっきりとそう書けばあんたもこれ以上追及されないだろ、俺たちの恩情だよ」

 いまにも芦田を殴り倒したい感情を押さえて、武も納得した。騙された自分も悪い。
 芦田は詫び状を書き終えると何も言わず逃げ帰った。剛田は武につぶやいた。「詐欺師ってのは改心することはないんですよ。警察に捕まっても同じ。釈放されるとまた同じような事を繰り返す。一生それだ。あったかい心に出会ったことがないんだろう、かわいそうなヤツらだ」
「剛田さん、おかげで助かりました恩に着るよ」武は剛田の手を握って感謝した。
「東条さんも昔の突っ張ってた雰囲気が戻りましたね」と剛田が言うと武は頭を掻いた。
「ハハハッ、日を改めてみんなで飲みましょう」と武が誘った。
 一件落着、これで明日からみんなに返金すれば騒動は収まる。武は安堵して家に向かった。

 あれっ、電気ついてる。もう八時だから店終わってるんだけど。だれか来てるのか? 武は床屋のドアを開けた。だれもいない――消し忘れか。奥の居間に入ろうとした。
「わっ」武は驚いて後ずさりした。尚子が正面を向いて正座している。武は尚子の雰囲気で状況が理解できた。
「ちょっと、いま説明するからさぁ。あのね、えーと何から話すか……」武が言葉を選んでいると、それをさえぎって尚子が目をつむったまま話し出した。「野中さんの奥さんから詳しく聞きました。たいへんな事になっているのね。これで私、決めました。別れましょう」武は尚子の言葉に腰が抜けそうになった。以前にも騒動に巻き込まれて、それを知った尚子が怒ってしまい、一時会話をしなくなった事があった。今度の方が、はるかに大騒ぎなのは確かだ。
「いま、いま、問題が解決したんだからさ、ちょっと冷静になってよ」武が大慌てで弁解を始めた。
「もう決めました」尚子は武の弁解を聞こうとしない。「解決したなんてうそばっかり」
と、完全に覚悟を決めた口ぶりに武は困惑した。「知ってる通り私、心臓が悪いのよ、この話を聞いて不整脈みたいになってるの、私、心臓止まる」そうだった、尚子は心臓も悪いのだ。武は焦りまくって言葉が出てこない。何から話したらいいか――考えていると、思い出した。自分はしっかり紙袋を握り締めている――そうだ、これしかない。

「尚子、これ、これ見て、全部取り返したから」そう言って武は紙袋から札束を取り出した。
「すごい、いくらあるの?」尚子が札束に驚いて身を乗り出してきた。
「二百三十万、全部取り戻した」武が胸を張った。
「どうやって取り戻したの?」にわかに信じられないが、尚子は冷静さを取り戻したようだ。
「それを説明しようとしてるのにお前が分かれるなんて言うからさぁ、こんどのことは、ほんとにごめん。反省してます」尚子はそれを聞いて肩の力が抜けたようだ。
「わかったわ、お願い、もう心配させないでよ」尚子はそういって二階に上がった。
 ヤバかったー、間一髪ってこのことだな。今後の人生変わるとこだった。武はヘナヘナと椅子に座り込んだ。
『今日はオレの人生の中でも特別な日だ。一件落着だったが、あぶない、あぶない』(続く)

    ▶[小説]床屋の事件簿6(高22期 伴野明)” に対して2件のコメントがあります。

    1. 高22期 伴野 明 より:

      高22期 伴野です。
      この後、話がガラリと変わります。次話(7)をお待ちください。

      1. 高25期 廣瀬 隆夫 より:

        何が起きるか、楽しみです。

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