▶[小説]床屋の事件簿7(高22期 伴野明)

[7:若い頃]

 翌日、三人で手分けをして投資した全員に連絡した。大半は被害に気付いていなかった。そのあと一週間で全員が投資金を受け取りに床屋を訪れた。一転して武はヒーローになっている。気をよくした武は飲み会をセットするため、野中さんに店の予約を頼んだ。「私、あまり飲めないけど、四人で飲みながら長話のできるとこ、セットしてください」
「了解、任して」野中さんは喜んで引き受けた。
 金曜日、三人は野中さんの家に集まってタクシーで店に向かった。店は下町の繁華街の外れだ。四人は向かい合ったソファにふんぞり返った。
「じゃあまず、騒動解決を祝って乾杯!」武の音頭で飲み会が始まった。
 すこしアルコールが回り出したころ、松井さんが切り出した。「武さんよう、若いころ突っ張ってた話、聞かせてよ」
「私も蓮池会長から東条さんの武勇談をけっこう聞かせてもらいましたが、本人から聞きたいなあ」剛田さんも同じだ。
「いやぁ、自慢できることじゃないんで言いたくないんだが……」と、武は照れ笑いをしている。
「オレ知らなかったけどそうなの? 武さん話してよ」野中さんも興味がある。

「わかった、じゃ、暴走族のとこから話すか」武が話し始めた。
「あのころオレ、大手の電機会社に勤めてたのよ。すごくまともな会社で、民間だけど公務員みたいな感じ。オレ、自慢じゃないけど結構仕事できる方でさ、上司は結構期待してたみたい。よほど大失敗しなければたぶん順調に昇進して将来も安泰って感じた。それがさ、不満なんだよ。将来が見えちゃったっていうのが。それで逆に会社に入る前からやってた暴走の方に熱が入ってきて」
「昼間は真面目な社員、夜は過激な暴走族ってこと?」野中さんが驚いた顔で尋ねた。
「そうそう、実は亡くなった蓮池も似てるんだ。ただヤツの場合は家が資産家で何不自由ない環境。それが不満だったんだろうな。満たされてるっていうのも不満なんだよな、贅沢なことだけど。暴走族同士のピリピリした抗争みたいのが凄い魅力なんだ。蓮池とは、たしか同級だ。ヤツは自動二輪の免許取ってすぐ暴走を始めた。オレは高二から」そこまで言って武は松井さんが何か言いたそうなのに気付いた。「松井さん何?」
「武さんが暴走族やってたって、どうも想像つかないな、あれって特攻服着て乗るんだろ、あんな服売ってるとこあるの? それとも自分で作るの?」松井さんの疑問も、もっともだ、どこかで売っているはずだ。
「特攻服? あれを自分で作るやつはいないよ。ふふっ、あれはね、バイクの部品屋で暴走族専門の店があったのよ。オレが行ってたのはゴーゴーライダーっていう店。六十才ぐらいの、オレたちが(ゴーママ)って呼んでたおばさんが経営してた。バイクの飾りとか、お決まりの(半ヘル)とか(ミュージックホン)なんかそこで買うのよ。あの(ティラリラ、ティラリラ)って鳴るやつね」武は昔を思い出して饒舌だ。

「あの服は高かったんじゃねえ? 高校生ぐらいじゃ買えねえだろう」と野中さんが尋ねる。
「そこに一つの商法があったのさ。暴走族の大半は勉強できない落ちこぼれ。万引き、かっぱらいなんか平気でやるような連中さ、そいつらがゴーゴーライダーでは大人しいんだ。なぜかって、例えば三万円の直管マフラーなんか、そいつらには絶対買えないのよ。ところが、欲しそうにマフラーを見てると、ゴーママが『□□ちゃん、いいよ持ってきなよ、欲しいんだろ』って声を掛けるんだよ。さすがに『ほしいけど買えねえ』って断ると『□□ちゃん、あんたは信用できる。金はいつでもいいよ』ってママが言うのよ。それで一丁あがり。だれにも信用されないような連中がその言葉に感動して一発でハマル。ほとんど全員が必死で金作って、ニ、三か月できちっと払いに来るんだ。年下からカツ上げしてでも金を作ってゴーママには忠誠を尽くす、若いヤツの心情を知り尽くした子供向けローンってわけだ」と、言いながら武は自分もゴーママには結構お世話になったことを思い出す。

「もしかしてそこで蓮池さんに会ったとか?」と剛田さんが尋ねる。
「そう、その通り、オレが初めてゴーゴーライダーに行ったとき、蓮池はもう常連だった。ヤツは金には余裕あったから、店では上客だったなぁ、蓮池のバイクつったら暴走仕様のこれ以上ないほど満艦飾のホンダナナハン(750CC)、オレはしょぼいスズキのゴンゴウ(550CC)だった。そのころオレは下町のグループ、蓮池は金持ちの多い上町のグループを率いていたんだ。どっちもまだそんなに規模は大きくなくて対立はなかった。ところがある日、駅前広場で双方がかち合っちゃった。オレと蓮池にはその気はなかったんだけど、血の気の多い連中がヘッド同志の勝負を見たいと言い出しやがった。一旦そうなると止まらねえ、みんながソーレ、ソーレとなっちゃって、結局、本牧埠頭の直線で勝負、ということになったわけよ。海沿いの直線を二百メートル走って、Uターンして帰ってくるレースだ。スタートは当然ホンダナナハンの方が全然速い。ところがバイクが重いからUターンは苦手だ、オレはそこで蓮池をかわして、帰りの直線を全開で必死に追っかける蓮池を押さえて勝っちゃったわけよ」と、武が手振りで二台のゴールシーンを再現した。

「そうなっちゃうとそのあと大変でしょう」ヤクザの抗争に似ていると剛田さんがうなずいた。
「そうなんだ、その時からオレと蓮池の対立が始まった。二人とも仲間を率いている以上、甘い顔はできなくなったのよ。お互い、憎くもないのに睨み合うようになっちゃった。そのあと大きなケンカにはならなかったけど、双方がハチ合わせになるたびにちょっとした衝突はあったけどな。そのうちグループがだんだんデカくなってきて名前がついた。オレの方は隼、蓮池の方は白虎ってね。いま思うとダサい名前だねー。やっぱ、いきがってたんだよな」武はなんとも身の置き所がないというようにテレた。
「そのころ何人ぐらいのグループだったの?」と松井さんが尋ねた。
「オレの方は五十人、蓮池は二百人」
「蓮池さんすごいね二百人か……」松井さんが驚く。
「そりゃ蓮池の取り巻きはほとんど金持ちのぼっちゃん、あのころ今みたいに簡単にローンなんか組めないから、バイクは親が買ってくれるワケ、貧乏サラリーマンの息子なんかいないのよ。それが二百人いたってこと」

「暴走族の抗争っていうか」ケンカはどうだったんですか?」と剛田さんはやはりケンカに興味があるようだ。
「皆さんの印象だと、半ヘルに鉄パイプって思い浮かぶでしょ、それは暴走族の歴史の後半だよ。最初のころはケンカは素手、それでどのくらい本気かっていうと、顔がはれて、ちょっと出血するぐらいはあったけど、たいがいそこまでだね、『ボコボコにした』っていうじゃない。そこで勝負は見えちゃうから。骨折するとこまで行くと逮捕されちゃうからね。もうひとつ皆の印象だと、大勢の暴走族にパトカーが数台で傍観してたイメージあるでしょ、あれは状況によっては逮捕するぞっていう警察の脅しなわけよ。やりすぎるなよってね。ところが若いやつらはいきがってるから、『オレたちがすごすぎて警察は手も足も出せなかった』って吹くんだ、そうすると――そうか――すげえ――って感動して、カッコいい。オレも族に入ろうかって増えてゆくのよ」武は昔を思い出してニヤける。
「ハハハッ、やっぱりそんなもんでしょうね、ヤクザだとその先が重要なんだけど」と剛田さんが笑う。

「蓮池さんとは何度もぶつかったんですか?」と、野中さんが尋ねた。
「そう、小さな衝突が何度かあって、蓮池の方から、もう一度ヘッド同士で勝負したいと言ってきた。場所は同じ本牧埠頭の直線でね。オレは思った。スケベ心だな、もう一度勝てば白虎を取れるなって――それで受けた。土曜の夜中だったな。実は蓮池が練習してるって情報が入ってた。バイク二台もオシャカにしたって。……オレだってこっそりだけど練習してたんだよ。いつか必ず蓮池がリベンジを申し込むって予想してたからね」武は目をつむって当時の状況を思い出す。
「それでどうでした? 結果は」野中さんが前のめりになって、待ちきれない表情で促した。
「蓮池が勝った」
「ハァーッ、そうでしたか」野中さんは息を吐きながらソファにバタンと座り直した。
「スタートはちょっと蓮池が早かったな。オレは前みたいにUターンで抜くつもりだった。ところが蓮池がすごくうまくなってるのよ、Uターンが。それで抜けなくて『ヤバイ』って思った、逆に蓮池は『勝った』って思ったんだな、アクセルを思いっきり開けた。開けすぎだよな、ナナハンはパワーあるからタイヤが滑って蛇行しちゃったのよ。それを蓮池は必死で立て直して、ゴールは紙一重、いわゆる鼻の差。そのあと凄い拍手と、全員のバイクのエンジン音が鳴り響いた――正直オレも感動して蓮池と握手だよ。それで一気に蓮池と仲良くなった。隼と白虎は、それ以降合体して三百五十人の『横浜連合』になったわけ」

「いやぁ、結構カッコイイ話ですね」松井さんが感動している。
「おまけの話。暴走族には思いがけないヤツが加わってた。ここだけの話だけど。二十歳過ぎのちょっとおとなしいヤツ、っていうかオレより年上だったヤツに、あんた仕事、何よって聞いたら、驚いた。……警察官だって言うのよ。さすがにオレも信じられなかった。スパイじゃない、本当に好きで参加してるっていうのさ、オレが言うのもなんだけど、族の集会っていうのは、ほんとの開放感が味わえるのよ。『見ろよ、世の中のルールをいまオレたちは堂々とブチ壊してる――誰も止められねえだろ!』っていう気持ちよさ。集会に出てみないとそれは分かんないけどね」武はまた饒舌になった。
「分かる。」剛田さんがつぶやいた。
「ヤクザの儀式って想像つくでしょ、あれはね、普段、組の事務所でふんぞり返ってるヤツが□□式って儀式をやると正装して、キチっと背筋を伸ばして式次第をこなすっていうのが気持ちいいのよ。その雰囲気が何とも……」剛田さんがそう言って目をつむった。

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