▶[小説]床屋の事件簿8(高22期 伴野明)
「あの仰々しいのがね。……わかるよ」武には理解できる。
「その後は平穏だった?」松井さんはもっと続きが聞きたいようだ。
「じゃあ、横須賀連合との抗争を一席」武は胸を張って話し出した。
「横浜連合ができたのと同時期に『横須賀連合』ができた。横須賀の『白竜』と『ドブイタ』が合体したらしい。ヤツら公称四百五十人、半端なヤツいれると五百人の規模だった。そいつらのテリトリーは金沢八景までだったんだが、人数が増えると横浜に迫ってきた。横須賀っていうとイメージあるでしょ、『ヤバイ所』っていうのが――その通りなんだけど。ヤツらはファッションが違うんだよ、やっぱどこかに『アメリカ』が入ってるんだ。オレは正直『カッコイイじゃん』って思ったね。ところが米軍基地があるからヤバイんだ。何がって、『ヤク』さ、当時ベトナム戦争が終わったばかりだったから、そういうものが横須賀では簡単に手に入る。横須賀のヤツらは『ラリッてる』から抑えが利かねえんだ、オレたちと違って、度を超すのよ、大けがするとこまでやっちゃう。」と武はヤクにラリッているふりをした。「ヤツらの暴走ルートだんだんが横浜よりになってきて、本牧ふ頭まで来るようになったのよ。オレたちは前から暴走ルートの終点が本牧だから、タイミングが合うようになってきて、かち合うと朝まで牽制とにらみ合いが続く」
「それだけの人数が集まったらすごいね、で、やっぱり始まるんだろ、抗争ってのが」松井さんの興味はそこだ。早く聞きたくてウズウズしている。
「それがなかなか始まらないのよ、こう、お互いボクシングのジャブを出すみたいに、突っかかるふりをして出てくんるだが、すぐ戻っちゃう、なぜか分かる?」武が松井さんを見て逆に尋ねた。
「実はビビッてたのかな?」と、松井さんが答える。
「ちがう、ちがう、あの大規模な集会で、ついにテレビの取材が入ったのよ。それで、見せたがりの連中が喜んじゃって、かわるがわるカッコつけただけ。そのときはどうってことなかったんだけど、次のかち合いでついに問題が起きた。そのときは前の集会にテレビの取材があった事が知れ渡って、ヤジ馬的なやつがこぞって集会にきたから、普段より百人は多かったな、始まって以来の数。横須賀連合も同じ、もう、横浜、横須賀の暴走族が全部来たって感じ。埠頭がバイクでいっぱいになっちゃって、そりゃ壮観だったな。ところが、ところがだ、そのときはなぜか来なかったんだなぁ、テレビが。そうなると、テレビに出たい期待いっぱいで来た連中が収まらねえ、期待外れのうっぷんを晴らそうって、あっちでもこっちでも小規模な殴り合いが始まっちゃった」と武はこぶしを振りながら話す。
「そのときは武さんが、いわゆる『ヘッド』だったのかな?」野中さんが尋ねた。
「前に話したように、オレと蓮池は和解してたから、いわば『ツーヘッド』の状態」
「横須賀は?」こんどは剛田さんが尋ねた。
「横須賀のヘッドは、『マイケル浜野』っていうハーフだった。こいつが背が高くて髪が長くて、めちゃくちゃカッコいいんだ。おれはチビで蓮池はずんどうでお世辞にもカッコイイとは言えなかったけど。ヤツはそのまま映画に出れるってレベル」武はマイケルにコンプレックスを持っていたようだ。
「それで、それで」と、野中さんが急かす。
「オレと蓮池は、この状況はさすがにヤバすぎる、と意見が一致して収拾にかかった。二人が前面に出て、『静まれーっ』てな感じで両手を頭の上で回すのよ。それで少しずつ殴り合いが収まってきた。オレと蓮池が二人、前面に出て、後ろに副ヘッド格が五人。……しばらくしたら横須賀もヘッド連中が出てきた。完全に向かい合ってにらめっこだな。見たとこ外人なのが三人、二人が白人で、一人黒人がいたな。あと一人はたしかに日本人だった。連中やたら体がゴツイのよ、筋肉すごくてほとんどプロレスラーに見える、それを見て実はオレ、ガクガク震えてた。きっと蓮池も同じだったと思うけど。そいつらが構えてる後ろからハーレー(米車)に乗ったマイケルがすうっと出てきたんだ、まだらに染めた長い髪をうるさそうに振って。ヤツが正面を向くと目が合った、オレも蓮池も絶対に視線をはずせねえ、『目をそらしたら負け』って思ってた。――、時間は五分ぐらいだった、今思うとそれはすごく長く感じた。あれほど爆音がしてた本牧埠頭がピタっと完全に無音になったのよ。……シーンとして……少し、風あったな、旗がパタパタする音が聞こえてね、フッと気付いたんだ――オレずっと息してねえ――おそらくここにいる全員が同じだ。時間が止まったみたい………『カラ、カラ、カラ……カンッ』――大きな空き缶が転がって縁石にぶつかった。――その音に全員が『ビクッ』とした。オレも蓮池も、――オレたちだけじゃねえ、マイケルもさ――それはわかった。なんてことはねえ、その一瞬で実は、お互いがビビッてるのが見えちゃったのさ。」子供だったな、と武は両手を額に当てて下を向き含み笑いをした。
「じゃ、そこまでで、ぶつかり合いは止まった……」野中さんが残念そうにつぶやく。
「そう、その日はそれ以上やる雰囲気が消えちゃった。オレたちは『引けー』って合図を出した。マイケルも同じさ。一気に爆音が復活して集会は解散」
「武さん、それで終わりのわけないよな、もしかしてもっとヤバくなったんじゃねえ?」松井さんが期待を込めて尋ねた。
「その通り、だけどその後がマズいんだなぁ」武は本当は言いたくないようだ。
「翌週も集会があった。ところが驚いた。参加者がたった百人になっちゃった。百人にだぞ、前回は三百人以上来てたのに、でもオレも蓮池も何も言えなかったなぁ。オレたちだってあのとき『ガタブル』だったんだから。実際の殴り合い見ちゃったら生半可なやつは怖くて来れねえよな」という武の話に野中さんもうなずいた。
「いや、ほんとうにマズいのは人数の事じゃねえ。その後、ある事件が起きた。蓮池が昼間、横須賀らしいヤツ三人にからまれたんだ。詳しく言うと、蓮池が国道を走ってるとき、コーナーで三人に幅寄せされた。それでガードレールに当たって転倒さ。バイクはオシャカ、蓮池は足を骨折したそうだ。ところが横須賀の三人は『ヤバイ、事故った』って、あわてて引っ返して来たんだ。まさか事故になるとは思っていなかったらしいが。そのときヤツらの口の利き方がよっぽど悪かったんだろうな、蓮池は凄く怒って、折れた脚をひきずりながら三人のうち二人を殴り倒した。二人は歯が折れて血だらけで逃げ帰った。もうひとりもボディにパンチをくらってゲロはいて倒れてたらしい。――その状態ってわかる? ――もうそこまで行くと、事故だっつって警察なんか呼べないのよ。蓮池は、たまたま通りかかった知り合いの車で病院に直行、倒れてたやつはどうなったか知らねえ」ここは後で聞いた話だが、と武は言う。
「そのタイミングでその事件は確かにマズいね、それでどうなったの?」話は松井さんの期待の通り展開した。
「当然、蓮池のグループは収まらねえ、『横須賀に仕返し』だって副ヘッド連中はいきり立ったのよ。オレの方の副ヘッドも同じだった。オレは事故後すぐに蓮池を見舞いに行ったんだが、ヤツは骨折してるのに動いたもんだから、足が腫れちゃって意識もうろう状態。何言ってんだかわからなくて、事故の詳細がよく分からねえんだ。オレは、ほんとうはどっちが悪いんだか確認したかったのよ。こういう事件って、事実を確認して動かないともっと事態が悪化するってのがオレの経験値。だから少し間を置いた。そうすると、両方に顔を出して話を大きくする、いわゆる情報屋ってヤツが動き出した。それによると、横須賀では『蓮池がレースに負けた悔しさで三人を殴り倒した』ということになってるらしい。――だとすると『横須賀の非道に仕返し』のつもりが、横須賀から見ると『横浜の極悪連合がケンカを仕掛ける』と、なっちゃうわけだ。――そうなるともう止まらねえ、次の集会で横須賀とかち合ったら、相当荒れる、おそらく抑えが効かなくなるのは見えてる。オレたち横浜連合は前回で参加が百人に減ったんだから、さらにその半分になる可能性もある。それに対し横須賀は減っても四百人は下らないだろう。四百人対五十人――まともに戦ったら横浜連合は消滅する。オレは焦りに焦った。金曜日になって夜、副ヘッド六人を茶店に呼んだ。対策を練るためにな。――オレは状況を皆に話した。一番いきりたってる大沢という蓮池の弟分に『オレたち絶対負けるぞ、それでもやるか?』と聞いた。大沢は『蓮池のアニキが怪我させられたんだ、だまってるわけにはいかねえよ、負けを覚悟でみんなでやるしかねえ! なぁみんな』って言ってみんなを見まわした。オレは間を空けず、『負けるだけじゃねえぞ、大怪我する、こんどのケンカは、無事で済むわけねぇ、それでもやるのか?』って叫んだ。――その一言でみんな無言になっちゃった。無理もねえ、みんな突っ張ってるけど、本気で殴り合いなんかやっとことねえ、いま初めてそれが現実になる。――それで本当に怖くなったのさ。……しばらくだれも何も言わねえ。オレは考えた。選択は三つしかねえ。(一)負ける前に横浜連合を解散する。(二)仲間を増やして集会で勝負をする。(三)集会でぶつかる前に話をつける。……(一)が一番利口だよな、怪我もしねえし、暴走から足、洗っちゃえば、なにもなかったことになる。だけど『あのとき逃げた』ってのが一生残る、無理に忘れてても誰かにそれを言われると、一瞬で地下室に転げ落ちるような、きっとそんな感覚だろう……それが死ぬまでついてくる。それは消せねえ。それはいやだ。(二)だったら仲間は絶対増えねえな、だからボロ負けして横浜連合は消滅。オレも怪我して蓮池と二人して入院か、最低だ。(三)の話をつけるってことは、オレたちが横須賀に出向かなきゃならねえ。そのとき副ヘッド連中はついてくるか? オレと六人の副ヘッドが行ったとして、話がこじれたらどうする、仮にケンカになったら、全員袋叩きになるのは見えてる。それでもオレは連中に行けって言えるのか」武はそこで話を止めて剛田さんを見た。