▶[小説]床屋の事件簿11(高22期 伴野明)

「11:バラモンの怪」

 翌日、さっそく剛田さんから連絡が入った「東条さん、間一髪で止まってるけど、最高にヤバイ状態。キーマンは若月さんですよ、奥さんは寝たきりで若月さんのいう事しか理解できないというのはお話しましたよね。行ってみて分かったことは、今はその若月さんがどうも誰かに洗脳されているみたいなんです。なんたって、若月さんがこの私を疑っているんだから。若月さんを洗脳して、奥さんと売買契約をさせようとしている。ぎりぎりのところで止まってるのは、なんと二つの勢力が、若月さんの奪い合いをしてるからなんです。いまのところ若月さんが訳が分からなくなって躊躇しているという状況。相当な金が動くからどっちも本気。勝った方が若月さんを手に入れるわけです。それにしても、まさか若月さんが私を拒絶するとは思わなかった。そんな話があったら、まず私に連絡が入るはずじゃないですか。こうなったらさすがに私も今回は打つ手が見つからない。お手上げですよ」
 武は、その話を聞いてちょっと気になる事がある。
「剛田さん、『ヤクザ』は確かにヤバイ話だけど『外人』って、誰だろうね、まともな人だったら、そっちに振ってあげるのも良いんじゃない?」
「そうですね、今回は前触れ無しにいきなり行ったからマズかったかな、ちょっと若月さんのご機嫌を取る工夫をしてみます」

 蓮池の件は完全に終わったと思ってた。今度の事、放ってはおけない。でも危険過ぎるよな。武は日記を記しながら頭を抱えた。

「キーミーガアーヨーハー……」携帯に着信があった、剛田さんだ。
「すません、剛田です、昨日行ってきました。一つ分かりました。ヤクザと思われた方は宗教ですね」
「宗教、どういうこと?」
「昨日はちょっと考えまして、若月さん宛てに猫の人形というか、縫いぐるみみたいなオモチャをお土産に持っていったんです」
「それが宗教とどう絡むの?」
「実はこの問題が起きて、私が最初に行ったとき、犬の人形が置いてあったんです。それには『○○Dog』と書かれた札が付いていたんです。けっこう大きな人形だったんで覚えています」
「蓮池自身は動物嫌いで有名だったじゃない、だから犬も猫も飼ってなかったよね」
「そうです、でも奥さんも若月さんも動物はきらいじゃない、そう予測して私はお土産に猫の人形を持参したんです」
「なるほど、結果は?」
「二人とも大ニコニコ、基本、女性はペット好きだから」
「その作戦は正解でした、ところがヤバイ物があったんです」と、剛田さんが顔をしかめる。
「何ですか?」
「仏壇」
「前回は無かったのに、本来の仏壇を隠すように置かれてました。で、それが異様なんです」
「異様?」
「そうです、私が見たことの無いものです。仏教じゃないですねあれは……、もしかして、タイとかインドネシアあたりの物じゃないかと……」
「ヒンズーとかイスラム?」
「分からない、とにかくカラフルで異様なんです。で、探りを入れようと思って、『立派なお仏壇ですね、これはどんな宗教なんですか?』って聞くと『バラモンです。日曜日に僧侶様が来ます』って言うじゃないですか」
「バラモン? そんな宗教あったっけ」
「聞いたことはありますよ。でも、たぶん現代じゃないでしょう」
「日曜日ね……決まった、立ち会おう」、武は即決して「Go」サインを出した。もちろん剛田さんもOKだ。
 ちょっと思い出した。「犬の人形もバラモン?」
「違います。それは、もう一人の買い主、外人さんからの贈り物でしょう」
 武はまず『バラモン』を叩くことにした。

 日曜日、武は剛田さんと合流、午後一時に蓮池家へ乗り込んだ。
 幸い、前回の贈り物が効いたのか、若月さんと奥さんの対応が良い。とりあえず参拝後、隣の部屋で待ち構えることになった。僧侶は午後二時過ぎに到着の予定だ。

「ごめんください」袴を履いた中年の男二人が玄関に到着した。
 さっそく若月さんが対応し、男達は宗教儀式のための座椅子を仏壇の前に運び込んだ。
 暫くして「たのもう……」年寄りの声がする。
 その声に若月さんがビクッとして立ち上がり、急いで玄関に向かった。
 玄関で少しやりとりがあり、しばらくして若月さんに続いて『僧侶』が杖を突きながら、ゆっくりと部屋に入ってきた。追って男二人が蝋燭、太鼓などを運び込んだ。
 痩せた男は70歳半ばだろうか、白髪だが真っ白ではない、髪も髭も長く、いかにも『仙人』のイメージだ。
「コホンッ」咳払いを一つ、男は座椅子に座った。座椅子は30cm程の高さの四角形の台座の上に乗っており、一段高い位置から見下ろすような体勢になる。
「良いかな?」僧侶は若月さんに向かって手を伸ばし、握手を求めるような仕草をした。
「ハイッ」と、若月さんは返事をして正座の姿勢を正した。奥さんも辛そうだが起き上がり、座椅子に寄りかかった。
 僧侶が話し始める――「以前にお話した通り、この土地は呪われている。拙僧が今から悪霊を払うお祈りをする。この土地には江戸時代から繋がる霊が無数にさ迷っている、それを全て払うのは大変なことだ、私が全力で除霊をしても無理かも知れない。しかし大物を払うことで、土地は、ほぼ健全になることが出来る。そこで肝心なのは、あなたがこの土地を売り払うことだ。そうすれば悪霊は行き場を失い、もう戻れない程、地中深くに埋もれて行く。結果、あなたも、土地を買った人も害を受けないで済む」――そう言うと、持っていた扇で、いかにも悪霊を払うような仕草をした。
 若月さんは頭を垂れてそれを受け入れた。奥さんも手を合わせて聞き入っている。

「なるほど、騙しの手口が分かった。こいつら許せねえ」と、隣の部屋から襖のすき間越しに見ていた武はいきり立つ。
「やっぱりね、そんな事だろうと思った。こいつら叩きだそう」と剛田さんが小声で同意した。
 怒りに震える武に剛田さんが、「もうちょっとやらしてから、インチキを暴きましょう、若月さんたちは、まだ全然疑っていないから、今出るとこちらが悪者になっちゃいます」とクギを差した。

「ワーム、ティロフィンガー、ワダルカム」
 突然僧侶が大きな声を上げた。
「何だ、何語だこれ?」
「わからない、アジア圏の言葉みたいに聞こえますけど……」
 一瞬遅れて太鼓のリズムが始まった。
「ドンッ、ドンッ、…… ドンッ」、「ドンッ、ドンッ、…… ドンッ」
「ウィーチ、ティロフィンガー、ティドルカム」と僧侶が。
「ドンッ、ドンッ、…… ドンッ」、「ドンッ、ドンッ、…… ドンッ」
「ウィーチ、ティロフィンガー、ティドルカム」
 このパターンが数分繰り返された。
「ティロティシー」、「ティロティシー」蝋燭を持っていた男たちが突然大きな叫び声を上げた。
「エッ」、その変化に驚いて若月さんが頭を上げた。
 その瞬間、「バッ」、異様な音と共に僧侶が座った姿勢のまま空中に浮き上がった。
「ドンッ」、僧侶は少し姿勢を崩しながら元の高さに戻った。
「……」、「……」若月さんと奥さんは目を見開いたまま言葉が出ない。
「ウーメロシー」、「ウーメロシー」男達は「落ち着け」の意味だろう、低い声で唸る。
「ハハーッ」若月さんは床に頭を垂れ、ひれ伏してしまった。奥さんは目をつぶり、ひたすら手を合わせている。
 武はこの展開に、正直驚いた。「まさか飛ぶとは……」
 剛田さんもショックを受けたようだ。
 様子を見て二人でインチキを暴く予定だったが、ちょっと「ためらい」が出た。
 もう一度襖のすき間から隣を覗く。
「……、で……、直して……」男達が小声で話しながら僧侶を囲んでいる。
「カツラがズレたみたい、髭も取れてる……」武が現状を見極めた。
「ん……、ん……」剛田さんが口ごもり出した。
「芦田じゃねえか、あいつは!」と剛田さんが大声を上げた。
 武も確認した。僧侶は変装した『詐欺師芦田』だったのだ。
 剛田の大声は隣にも抜けた。僧侶と二人の男は手を止め、回りを見回している。
 若月さん、奥さんも「何が起きたの?」と自然体に戻った。
「行くぜ!」武と剛田さんは言葉を交わす必要も無く、襖を開けた。
 そこにいた全員が固まった。
「芦田、この野郎、許せねえ!」、剛田さんの一声に芦田が舞い上がった。
 カツラを投げ捨てると、座椅子を降りようとして台座の角に足を引っかけた。
「ウワッ」転がる芦田、座椅子も台座から転がり落ちた。
 台座の中は丸出しになった。そこには金属部品と電線のメカがセットされていた。
 当然、全員の目は台座に向く。
「アワワッ」芦田が言葉にならない声を上げて逃げ出した。男達も慌てて芦田を追う。
 芦田達が逃げた後、部屋は「ポカーン」とした空間になった。
 しばらくして、剛田さんが口を開いた。
「若月さん、奥さん、驚かれたと思います、この台座を見れば分かるでしょう、これは電磁石を逆に使って飛び上がる力を得ているんです。こういう小道具を使う、あいつはプロの詐欺師なんですよ」
 もうそれ以上の説明の必要はなくなった。武と剛田さんは芦田が持ち込んだ小道具を運び出し、
帰宅した。
 良かった、あとはもう一件の買い手だな、アメリカ人だって? まともな人であることを願う、武は日記にそう記した。

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