▶[小説] 天狗の鼻 第2話(高22期 伴野明)

2:50年前

「ウッ」貴じいさんが唸った。
「勇気、ここ、現代じゃねえぞ」
「現代じやねえ?」、何言ってんだ、と言おうと思ったが、回りを見ると確かに景色が違う。店や建物も位置こそ変わっていないが、景色が違う。
「貴さん、何だこれ?」
「お前も見えるよな、いいか、そこに駐車してるトヨタのクラウン、1970年代の車だぞ」
 貴じいさんのつぶやきに目を凝らす。写真だけど、この車、どこかで見た覚えはある。
「貴さん、今のここ、50年前ってこと?……んな馬鹿なぁ……」と、オレは目をゴシゴシこすった。
「間違いねえよ、回りを良く見ろよ、看板の文字、プリントじゃねえ、手書きだぞ、全部が50年前じゃねえか」

 目は見えてる、って事は「本当にタイムスリップ」したのかよ、オレはまだ信じられねえ。
「貴さん、手を出して」そう言うと貴じいさんは手を差し出した。
 手をつないでみると手応えはある、「これ、現実じゃん」と叫んでオレは頭を抱えた。
「タイムスリップさ、オレ達は1970年代にいるんだよ」と、なぜか貴じいさんが確信したように言った。
「時空の理論は確立してねえ、それが夢の中では実現したってことか……」
「勇気、これは現実であり、夢の中でもある、そういう風に思えねえか?」と、貴じいさんは余裕さえあるようだ。
 言う通りだ、「夢であり、現実でもある」というのが正しい。オレはだんだん理解出来てきた。
「ふふっ、分かったか、さすがオレの血を引いてる、お前も正真正銘の『須賀っ子』だな」、貴じいさんは満足そうだ。
「貴さん、分かったけどさぁ、これからどうするの、夢だとしたら、いつ覚めるのさ」
「分からねえ、覚めねえかも知れねえ」
 何なんだ、なんでそこまで余裕で居られるんだ、オレは改めて貴じいさんを見る。

 気づいたらすげえノドが乾いてた。そう感じるとオレは電車に乗る前に買ったエナジードリンクを思い出した。電車に乗るんでバッグに入れたままだったんだ。
 バッグを明けると、あった、しかし手触りが違う。当然もう冷たくないが、「これ、ガラスビンじゃねえか」と、恐る恐る取り出す。
「ビンのコーラじゃん!」、オレは思わず叫んだ。表面に「CocaCola」と書いてある。
 オレの叫びに貴じいさんが反応した。
「懐かしい、50年前のコーラじゃん」、貴じいさんは満面の笑みを浮かべる。
「飲むか?」と聞かれた。全然飲む気になれない。「いらねえ」と返すと、「じゃあオレが飲む」といって貴じいさんが受け取ってビンをしみじみ眺める。

「貴さん、それ、栓抜きが要るじゃん、オレ持ってねえよ」と言うと、「ふふっ、そう来ると思った」って貴さんは余裕だ。
「どうやるんだろう、歯で抜くのかな」って思った。
「見てろ」そう言うと、貴さんは道ばたの看板の所に行き、コーラの王冠を看板の角に引っかけて、右手で「ポンッ」と上から叩いた。
「バシュッ」、栓が飛んでコーラが吹き出した。
「勇気、これがコーラの飲み方さ」と言って貴じいさんは美味そうに飲み干した。
「プハーッ、うめえ」
 豪快だなあ、これが『須賀っ子』だとすると、貴じいさんが自慢するのも頷ける。
 夢と現実、それが同時に存在する、そんな事があるんだ、と改めて思う。しかし「夢ならいつかは覚める。じゃあ、覚めるまでこの世界で生きるしかないじゃん」オレは吹っ切れた。

「貴さん、50年のタイムスリップとすると、今日は50年前のフレンドシップデーなのかな?」
「暑いから夏なのは間違いない、たぶん日付も同じだろう」そう言って貴さんは、あたりを見回す。
「雰囲気、そうみたいだな、50年前にもその日はあったからな」
「行こうぜ」そう言うと貴じいさんはスタスタ歩き出した。
 ドブイタ通りの角、貴さんの足が止まった。そこの店をじっと見ている。
「何か思い出したの?」オレが聞くと、貴さんが天を仰いだ。
「1974年、忘れられねえ思い出がある。この店にアルバイトで来ていた女の子、『平野さやか』って言うんだが、もう少しで彼女になりそうだったんだが、死んだ。
デートを二回しただけ、可愛かった……」
「ふーん、貴さんはドブイタにいろんな思い出があるんだな……」、いろいろ聞こうかと思ったら、吹っ切れたみたい。また歩き出した。(続く)

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