▶[小説] 天狗の鼻 第4話(高22期 伴野明)

4:左翼活動家

「やばい、時間を使いすぎた、イベント終了まであと2時間しかのこってねえ」、奥の方を見なきゃ、急いで1層の奥に向かった。
「おー、この辺は兵器倉庫じゃんか」このあたりには飛ぶものは無いようだ、代わりに爆弾らしきものがあちこちに積んである。
 爆弾というと、オレは広島の原爆のイメージしか持っていない、形はたしかに似てるが小型だ。
 ここには飛行機に搭載できる物が揃っている、爆弾は鉄のカゴに小分けされていて、床には縦横にレールが走っている。
「なるほど、緊急時にはこのカゴ単位でレールを走って送るのか」そう理解したが、
ちょっと疑問がある。
 レールを見ているオレに貴さんが言った。「このカゴ、全部スチームで動くんだ」
「スチーム? 蒸気のこと?」
「そう、このころの自動システムはたいがいスチーム駆動だったんだ」
「コンピュータ制御で、動力がスチームってこと?」
「ほぼそういうこと、だけどコンピュータは貧弱だった。あのころって言うと、そうだな、米軍であっても8ビットのマイコンぐらいだろう、だから一応自動では動くけど、もし、何かあったら、自動停止まではするけど、今みたいに画面操作で復帰は出来ない。復帰は手動だよな」
「ふうん、なるほど。だけど何で動力がスチームなんだろう、普通はモーターじゃないの?」
「勇気、『カタパルト』って知ってるよな、あの飛行機の発進に使う、蒸気がバシュと出るやつ」
「ああ、それならよく見るよね」
「あのころはまだ、モーターによる制御って完全じゃなかったのさ、力の必要な所はスチーム、強さの加減が必要な所は全部エア(空圧)だったのさ」
 オレはレールの脇にスチームらしいパイプが並んでいるのを確認した。
「この爆弾を積む鉄カゴは、けっこう重そう、何トンも積むなら、スチーム駆動みたいだな」と納得。

 ちょっと歩き疲れた。貴じいさんからまだ聞きたいことが山積み、離れた場所に、荷物があまり載っていない鉄カゴが見える。
「貴さん、あそこに行って、話の続き……」と、貴じいさんとレールの端の方へ移動した。そこはちょっと外れた何もないエリアなので、見学者がほとんどいない。そこにあった鉄カゴには、ほとんど荷物が載っていない。少しの荷物をイス代わりに使って、さっき飲み残したコーラを取り出して、ちびちび飲みながら貴さんと話を始めた。

「さっきのね……ムッ、」話し始めて遠方がザワついているのに気づいた。
 地下1層への下り階段を、軍服を着た兵士がゾロゾロと降りてきている。
「勇気、なんかヤバイぞ、MPが混じってる」と貴さんがちょっとクビをすくめて小さく言った。
「MPって?」
「ミリタリーポリスだよ、日本語だと『憲兵』だ」
 そう言われて見ると、何人かが銃を持っている。
「銃だよねアレ?」
「そうだ、銃だよ銃、何かあったのかな?」
 オレたちは鉄カゴの内側に隠れ、カゴのすき間から目だけを出して観察を始めた。
 そのときだった、4~5人の男がファントム機の回りに集まった。連中はシャツの中から何かを引き出してゴソゴソいじり始めた。
「よーし、それっ」誰かのかけ声で男達が持っていた白いビニールが膨らみ始めた。
「シュー」という音と共にそれらはどんどん大きくなる。一瞬で人の身長ほどに達した。それは大きなビニール風船だったんだ。
「なに?、『原子力空母、絶対反対 全共闘』って書いてある。あいつ、さっきの関西弁のヤツじゃんか」オレは思い出した、一番近くにいるのは、あのときの、ムカつくあいつだ。
「あいつ、左翼活動家だったんだ」と、思わず叫ぶ。
「何だって、『全学連』みたいなやつか……」貴さんは理解したようだ。
 あちこちで怒号が飛び交い、乱闘が始まった。乱闘というより、MPが圧倒的に活動家を組み伏せているのがほとんどだ。しばらくするとMPの第2陣が降りてきた。関西弁の『あいつ』が風船を背負ってオレたちの方に逃げてきた、鉄のカゴにしがみついている。迷惑千万だ。
 しばらくするとMPの動作がちょっと違ってきた。なぜか日本人を取り押さえるのを止めた。上官らしき男が指令を出すと、MPが後に下がって二手に分かれた。
 前陣には第2陣と思える装備の違う連中が並んだ。なんと連中は銃をこちらに向けている。
「ウウッ」思わず声が出た。ここで銃を向けられることが何なのか、貴じいさんから聞いているからだ。
「ウウッ」オレは震えが来た。緊張でガチガチになっている。
「Ready!」上官が指令を出した。
 MPが銃を構えて前進してくる。「Go!」
 号令と共に「バシュッ」と緑色の液体が銃から吹き出した。
「何だコレ?」と思う間もなく液体は全身に掛かった。
「勇気、分かった、これ、マーカーだ」と貴さんが叫ぶ。
「何、それ?」
「簡単に言うと『敵味方識別色』だ、ここに居た者が逃げても見逃さないように印を付けられたんだ、この色、なかなか落ちねえぞ」
「そうか、ということはオレたちも不審者の印を付けられたってことかよ」
「そうだ、最高にヤバイ、あとで説明する」
「イテテ」オレと貴さんが同時にうめき声を出した。液が目に入ったんだ。
「アワワ」オレは焦って鉄カゴを手探りした。箱状の部分があった。探っていると、丸い物が手に触れた。
「ガタッ」何かが動いた。
「シューッ」空気の音。
「ばかっ、おまえ何かのスイッチ入れただろ」と貴さんが叫んだ。
「グーッ」少し音を立てて鉄カゴが動き出した。
「ヤバイッ」と貴さんが叫んだが、鉄カゴは加速して行く。オレたちはしがみ付くだけだ。
「カシャッ」、「カシャッ」、「カシャッ」方向が三度変わった。
「ガシャッ」更に音が変わった。
「グーッ」、こんどは上に上がりだした。甲板へ登るのだろうか。
「ガシャッ、バーン」大きな破裂音がして鉄カゴは動かなくなった。
「シューッ」スチームの音だけが聞こえる。(続く)

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