▶防衛大学校卒業式典ほか(高22期 加藤 麻貴子)

3月22日は防大の卒業式であった。10時に開式の辞 国歌斉唱 来賓・学校長の入場に続き儀仗隊に先導されて内閣総理大臣臨場 卒業証書授与 大学校長式辞 総理大臣と防衛大臣の訓示 来賓代表祝辞 卒業生代表答辞 学生歌斉唱 閉式の辞。 本科学生386名 研究科前期学生72名 後期学生12名 その中には9か国30名の留学生も含まれる。卒業証書は全ての学生ひとり一人に学校長から手渡される。
今年は女性の学生隊学生長が答辞を述べた。「69期が4年生になった時これまでの当たり前を覆す改革がなされたが組織を強くする本質は変わらない」のことばが心に響いた。さぞかし苦労の多いことだったと想像に難くないがそれをやり遂げた69期の学生たちを頼もしいと思う。
「解散」の一言で学生たちは帽子をなげ脱兎のごとくで新しい門出に向かった。その後は防衛省による任命・宣誓式が行われた。その間留学生たちは時計台の広場で協力家庭や来日した家族や後輩たちと写真撮影に明け暮れた。
午後1時過ぎからは観閲式に続き、卒業午餐会が始まったのは午後2時40分過ぎでお腹も空き早く食したいとこだが挨拶や来賓の紹介など時間がかかる、乾杯でほっとする。空腹を満たし息子たちや知り合いを探し歓談。国会議員も多数参加しており、中にはソン君と同部屋だった2年先輩の新人議員もいて、旧交を温めていた。
お開きになったのは午後4時ごろ、さすがに疲れ切って卒業生たちが正門から巣立つ姿は見届けられなかった。数年前に一度だけ見たことがある。学生舎から後輩学生たちが正門まで人垣を作り真ん中を卒業生が進んでいく。互いに別れを惜しむ光景が広がりいつ終わるともしれぬ。4年間同じ釜の飯を食べ厳しい訓練に助け合い耐え抜いた特別の感情があるのだろう。
翌23日は目黒にあるタイ王国大使館武官事務所で卒業祝賀会が開かれ、私たちも出席した。空軍、陸軍、海軍それぞれの武官から留学生たちに記念品と祝辞、協力家庭にも記念品を賜り写真撮影、タイの人たちは写真が好きなのでかなりの時間を費やした。その後私たちは控室で待機、その間に大使も学生たちも制服から私服に着替えとても和やかな雰囲気の午餐会だった。ここでも防大での生活の動画、スピーチがあった。なんと全員が大泣きした。帰路、学生たちがバス停まで送ってくれ、また大使たちもずっと手を振っていた。このようなことは初めてで少々驚いた。
■ 宝物の話
ポップ君からは「ここは忘れられない大切なもう一つの家族」、ゴック君からは「いつも家族のようにお迎え頂き、私にとってとても大切な思い出です。いつまでもお父さんお母さんでいてください。」と泣かせるようなメッセージをもらった。
25日にはソン君の親族が9人挨拶に我が家を訪問。彼の4組の父母が一堂に会した。産みの親、叔父さん夫婦、高校時代ホームステイしていた家庭の親、そして私たち日本の親の4組である。いかに愛されて育てられたか良く分かった。そんなソン君の日本の親になれて私たちも果報者と思う。
ホームステイの受け入れは大変なように思うが、家族が一人か二人増える家庭生活の延長線上にある。これまでの生活圏では到底出会うことのない人と直接会い 人生のひと時に寄り添うことができることは私に豊かな心をもたらしてきてくれた。








