▶住民投票で否決も頼清徳総統は原発再稼働に含み(高22期 高橋克己)

(写真は2013年に撮ったもので、左が当時高雄市政府経済発展局長だった曾文生氏(現台湾電力会長)、中央が半官半民のコンサルタント企業財団法人資訊工業策進会の翁健一氏(日台のハーフ)です。)
台湾で23日、第3原子力発電所の再稼働の是非を問う住民投票が行われた。結果は有効投票数5,853,125票のうち再稼働賛成が4,341,432票と74.17%を占め、反対票1,511,693票(25.83%)を大きく上回った。しかし、得票率25%の基準に65万余票足りず、再稼働は否決された。投票数は29.53%と低調だった。
台湾の原発は、北部金山の第1原発の1号機(BWR:78年~18年)・2号機(BWR:79年~19年)、金山東方の國聖第2原発の1号機(BWR:81年~21年)・2号機(BWR:83年~23年)、最南端懇丁の馬鞍山第3原発の1号機(PWR:84年~)・2号機(PWR:85年~)の計6基が現存している(BWR=沸騰水型、PWR=加圧水型)。
上記の()内は商業運転開始年とその終了年で、何れも40年できっちり運転を終了している。今回の住民投票は、本年5月に運転を停止した馬鞍山第3原発の1・2号機の運転再開の是非を問うものである。
このほか龍門(基隆東方)に、GEを契約者とし日本企業が主要機器を供給する第4原発1・2号機(ABWR=改良型沸騰水型軽水炉))の建設が99年から始められたが、工事トラブルなどにより中断された。21年12月に工事再開の是非を問う住民投票が実施されたが、反対多数(52.8%)で否決された経緯がある。
この間、16年から8年間続いていた国民党から前年5月に政権を取り戻した民進党の蔡英文総統は17年1月、民進党の党是である「脱原発」を具現化すべく、25年までに原子力発電の全廃を目指す「脱原発法」を成立させた。
こうした経緯を経ての23日の住民投票だったが、頼清徳総統は同夜の談話で、政府は「安全性が確保されていること」「放射性廃棄物の処理策があること」「社会的合意があること」の「3つの原則」で原発問題に向き合っていくと強調しつつ、次のように述べた。
住民投票は成立しなかったが、投票結果を尊重し、社会が多様なエネルギーの選択を望んでいることを理解している。原子力は科学の問題であり、一度の住民投票で解決できるものではない。
75%の基準には僅かに届かなかったものの、74%を超える賛成票が投じられた「投票結果を尊重し、社会が多様なエネルギーの選択を望んでいることを理解している」と述べたことは、頼総督が原発の再稼働に含みを持たせた発言である、と筆者には感じられる。
そう思う理由は、ワシントンに拠点を置く「戦略国際問題研究所(CSIS)」が7月末に公表した160頁余りに及ぶウォーゲーム報告書「Lights Out? Wargaming a Chinese Blockade of Taiwan」(以下、「報告書」)だ。日本語では「灯りが消える?中国が台湾を封鎖するウォーゲーム」といった意味になろう。
まるで8月23日の住民投票に合わせたかのようなタイミングで公表され、筆者ですら目にしたこの「報告書」を、ハーバードで医学を修めた頼総督と米国人と台湾人を両親に持ち駐米台北経済文化代表処(駐米大使に相当)を務めた蕭美琴副総統という、米国通の二人の指導者が熟読していないとは思われないのだ。
■「中国が台湾を封鎖するウォーゲーム」の中身(以下はAI翻訳と拙訳による)
「報告書」の「Executive Summary」は先ず、封鎖が如何に広範にわたるかを理解するべく26通りのシナリオでウォーゲームを実施し、それらを分析して、各当事者、すなわち中国、台湾、米国そして日本が、封鎖の実施とそれへの対抗において直面する運用上の課題を評価すると述べる。
その結果、紛争(海上封鎖など)が避けられないとか、可能性が高いとは主張していないが、中国の武力行使を辞さない統一への拘泥や、継続的な軍事増強を考慮すると紛争の可能性は存在するとし、封鎖を阻止するための政策変更の提案と、万一封鎖が発生した場合に対応するための対策の提言を結語としている。
話は習近平が28年に、現状を変更する強制的な圧力を台湾にかけると決断するところから始まる。選択肢を検討させた結果、習は効果が不確実で時間が掛かる経済制裁や決定的な解決は約束されるが敗北のリスクを伴う軍事侵攻よりも、台湾に向かう船舶を封鎖する措置を選ぶ。
そして習は、中国海警局と人民武装力量海上民兵を台湾周辺に配置し、「国内の法執行問題」だと主張して台湾に向かう船舶を接収し、台湾への商業輸送を止める。この封鎖措置が国際貿易と世界経済を大混乱に陥らせた結果、台湾は中国の法的主張を拒否し、抵抗を決意するというのである。
「報告書」は「封鎖」を、法的な用語としてではなく、「中国が船舶、潜水艦、航空機を用いて台湾への海上交通を遮断する全ての取り組み」として用いている。中国の教義文書で「共同封鎖作戦」が詳細に議論されていることは、中国が台湾に対して行動を起こす場合この作戦を行う可能性を示唆するという。
こうした封鎖は、中国、台湾、米国、日本だけでなく、国際貿易の混乱、特にICチップの生産制限は、地球上のすべての国に影響を及ぼす。だがこれまで、封鎖の具体的な内容や影響についてほとんど合意が得られておらず、可能性のあるシナリオに関する定量的な分析もほとんど行われて来なかった。
26通りのシナリオのうち最悪のシナリオについてのみ後述するとして、先に「報告書」の「提言:封鎖への備えと対応」について紹介すれば・・・
「報告書」は、中国の軍事行動の可能性や、中国が軍事行動を起こした場合に米国が台湾を防衛すべきかどうかについて、立場を表明しない。しかし、米国が台湾に対する曖昧戦略を維持している限り、大統領がそう決定した際、即座に行動する準備を整えておくべきである。
そこで「報告書」は、ウォーゲームの結果と洞察に基づいて意思決定者向けの提言を策定する。これらの提言は以下の3項目の目標を有している。これらは必ずしも封鎖を阻止するものではないが、外交的解決や外部介入のための時間を稼ぐ役割を果たすであろう。
(1) 台湾と米国が準備を整えており、強制できないことを中国に示すことで抑止力を強化する
(2) 緊急時における対応時間を短縮し、より効果的な対抗措置を可能にする
(3) 他の国々が台湾に屈服を迫ることを諦めさせる。なぜなら彼らは迅速な解決が通常の商業活動を再開させることを期待している
次に具体策として4項目を挙げ、それぞれ詳細な事項を説明している。本稿では紙幅の関係で「台湾のエネルギーインフラの強化」については全文を、他は項目のみを記す。
- 商船隊の整備
- 台湾のエネルギーインフラの強化
- 台湾が封鎖に直面した際に米国が支援するための緊急対応計画の策定
- 封鎖に対抗し、解除するための準備
- 台湾のエネルギーインフラの強化
エネルギーは、台湾が強制的な圧力に耐える能力において最も脆弱な要素である。それはエネルギーの大半を輸入に依存しているためであり、その強化策は以下である。
✓ 台湾のエネルギー備蓄を増加させる。台湾は、特に石油と石炭の備蓄を通じて、耐性強化に多くの取り組みを行ってきました。追加の備蓄は、危機前に島内の物流網を強化するか、新たな貯蔵施設を建設することで確保できる。
✓ 耐性のあるエネルギー源を維持・拡大する。台湾は環境保護の観点から、エネルギー源を石炭と原子力から天然ガスと再生可能エネルギーへ移行したが、これにより台湾のエネルギー脆弱性が大幅に増加した。台湾は最後の原子力発電所を継続して運転し、安全な原子力エネルギー生産のための新技術を活用すべきである。
✓ エネルギーインフラを強化する。台湾は既に極端な気象条件に対する電気システムの耐性を強化してきたが、国家安全保障の観点からさらに強化が必要である。
✓ 台湾における資源配分計画の拡大。緊急時における最も効果的な対応を確保するため、台湾政府は輸入を管理し、最も重要な物品に焦点を当て、最も必要性の高い活動に配分する必要がある。無秩序な配分は耐性を低下させ、政府の対応の正当性を損なう可能性がある。
■最悪シナリオ
「報告書」の26のシナリオの「最悪のケース」について、「How Its ‘No Nukes’ Policy Weakens Taiwan(『核なし』政策が台湾をどう弱体化させるか)」と題された8月18日付の『American Thinker』の記事に簡潔な要約があるので、そのポイントを紹介する。執筆者ジョセフ・ソムセルは、MBAを取得した原子力エンジニアである。
封鎖突破を試みる場合、米国は2万人以上の死傷者に加え、2隻の原子力空母、9隻の原子力潜水艦、数百機の軍用機を失う可能性を示している。この数字には中国と米国及びその同盟国との間のより大規模な戦争は考慮されておらず、且つより大規模な戦争への拡大から抜け出す途は台湾の降伏だけである。
台湾にとっての危機は、封鎖開始から8~12週間以内に発電能力が通常の20%にまで落ちること。化石燃料は全て輸入であり、最後の原発も5月に閉鎖されたため、電力供給は再生可能エネルギーと小規模な水力発電に頼るしかない。電力は水道、病院、鉄道などの重要インフラにしか供給できず、産業活動は停止する。
「報告書」のウォーゲームは様々な初期仮定を設定しており、そのうち最も重要なのは、中国と台湾及びその同盟国(米国・日本)との間の封鎖が拡大していく以下の4段階である。第4段階以降の分析はしていないが、そこでは全面戦争となり、米国が中国本土への直接攻撃を開始することになろう。
第1段階・・中国共産党指導部が封鎖を決定すると、船員への通告がなされ、中国に入港する船舶は停止させられ、必要に応じて武力で拿捕される
第2段階・・台湾はそうした事態を許容できず、ある時点で中国軍艦を攻撃する
第3段階・・他国(米国・日本)が自国の軍艦で台湾の領海内の封鎖突破を支援する
第4段階・・戦闘が公海に拡大し、中国が台湾・米国・日本に対し、地域的な海戦を展開する
高度に工業化され、一人当り電力消費量が米国・韓国と同程度で、日本よりかなり高い台湾にとり電力は最大の弱点だ。石炭と石油は備蓄が可能である。が、主要燃料源であるLNGは極低温の液体であるため、タンク内のLNGの一部は液体を維持するべく消費されるから、在庫ができないのである。
しかもLNGの物流は封鎖に対して最も脆弱である。紅海でのフーシ派によるタンカー攻撃は海事コミュニティを大混乱に陥らせた。LNGタンカーの所有者は、ドローンやロケットランチャーの攻撃を回避すべく、即座に喜望峰周りの航路を切り替えたことがそのことの証左である。
つまり、封鎖が行われればLNGは電力源として急速におそらく数週間で失われ、石炭の集積所や石油貯蔵タンクも遠からず空になる。最悪のシミュレーションでは、封鎖中に新たな供給がなければ、発電機は停止し、経済は崩壊し、住民は文字通り「Lights Out」の状態に陥ることになる。
封鎖が続く中、米国と台湾は日本の港から台湾への封鎖を突破するための護送船団を編成するだろう。だが、中国ミサイルの性能向上により、護送船団の損耗率は漸次50%に近づく。LNGタンカーは購入できるかもしれないが、50%の確率で沈む危険を冒して、船員が船に乗ろうとするだろうか?
その点、原発の核燃料はラックに1年半分の貯蔵が可能であり、補給も大型軍用輸送機1機の1回の飛行で1年半分の燃料を輸送が可能である。残念なのは85年当時、電力の50%以上を原発に拠っていた台湾が、25年5月に最後の原発を停止してしまったことだ。
だのに台湾が米国の軍事支援をあてにするのは皮肉だ。台湾は封鎖の対抗に最も有効な原発を閉鎖するという自滅行動をとる一方で、原子力空母や原潜の米兵が台湾を守ってくれると考えているようだ。米国政府は台湾に対し、米国の軍事的保護の代償として、台湾は原発の再開と拡張を迫るべきである。
■本稿のまとめ
原子力エンジニアの執筆者らしい記事の結びではある。が、まさに的を射た主張と思われ、それはそのまま「核の傘」でも米国頼みの我が国にも当て嵌まる。日本の幾つかの原発も、いつまでも再稼働できずにいる。そしてこうしている間にも森林や原野が風力発電や中国製太陽光パネルで埋め尽くされ、自然が破壊されつつある。
人口の減少を、世界中で問題が表面化している外国人に頼るのではなく、AIの活用で補うべきであるとすれば、この先も電力消費量は確実に増大する。その電力を、縷説した通り有事に脆弱なLNGや、ましてや自然を緩慢に破壊し、中国を利するだけの再エネに頼るなど、以ての外である。
東日本大震災ですら、福島や女川の原発の主要部分はほぼ無傷だった。福島第一の事故原因は専ら津波による地下電源の喪失だったが、事故を奇貨として、今や安全対策が全て施されており、残るはその後に生じたテロ対策だけだ。が、それらは運転を再開して、発電しながら漸次進めれば良い類の事項が多い。
「報告書」も、中国による台湾の原発への攻撃に詳しくは触れていない。その理由は、ジュネーブ条約第一追加議定書第56条で、ダム、堤防、原発などの「危険な力を内蔵する工作物及び施設」を攻撃してはならないと規定しているからだ。国際社会は原発への攻撃を、核兵器の使用と同義と見做しているのである。
ところで、台湾の電力を司る「台湾電力公司」の曾文生会長は、筆者が高雄に在勤していた11年末から14年3月末当時、陳菊高雄市長の経済発展局長だった。外国企業対応は同局の主要業務だったから、曾局長は高雄日本人会会長だった筆者を「日本人慰霊塔」を残す活動の一環で、陳菊市長に引き合わせるなど、多大なご支援を頂いた。
その曾局長に筆者はある会食の席で、「台湾はなぜ脱原発なのか」と単刀直入に問うたことがある。曾局長は「台湾も地震国です。東日本のようなことがあれば小さな台湾は滅亡してしまう」と仰った。まだ「東日本」から1年余りしか経っていない時のことで、確かに台湾でも地震は頻発している。
日本は、先の大戦に敗れて台湾を放棄し、600百万の台湾人(今の本省人)を「GHQ一般命令第一号」の解釈を捻じ曲げた蒋介石国民党の恣にさせた。東日本大震災でも初動を誤って水素爆発を誘発させ、台湾を脱原発に追い込んだ。筆者は日本人として台湾と台湾人に対し、これらの責任を痛感する。
そして23日に行われた住民投票で頼清徳総統は、74%を超える賛成票が投じられた「投票結果を尊重し、社会が多様なエネルギーの選択を望んでいることを理解している」と述べた。来るべき中国による封鎖に備えて、台湾は一刻も早く原発の再稼働に踏み切るべきである。
追記 26日午後に本稿を書き上げてメールをチェックすると、「住民投票が否決されたにもかかわらず、台湾電力は第1~3原発の再稼働条件を検討している」との『台湾聯合報』のニースレターが7時56分に配信されていた。
記事に拠れば、台湾電力の曾文生会長が昨日25日、第3原発再稼働の住民投票は基準を満たさなかったものの、台湾電力は第1原発、第2原発、第3原発の現状を同時に調査し、再稼働の条件が整っているかどうかを明確にすると述べた。これは頼清徳総統の23日夜の談話を受けたものであり、再稼働への第一歩が踏み出されたと考えて良かろう。