▶歯医者にて (高22期 高橋 克己)

前厄だった1992年夏、俄に呼吸がし辛くなり、病院で気管支喘息と診断された。大人の喘息は副鼻腔炎(蓄膿症)を併発することが多いと言われるから、根が素直な私がこれに罹らないはずもなく、以来34年近く、匂いも臭いも感じない生活を送っている。
喘息は罹ってから10年ほど経って、それまで気管支の炎症を鎮めるステロイド剤の投薬にスプレー式吸入器を使っていたのを、微粉末を自分の力で吸い込む方式に変えたところ、劇的に改善し、普通の社会生活を送れるようになった(カッコよく言うなら「ドラッグデリバリーシステム(DDS)」変更が奏功)。
が、私の好酸球性副鼻腔炎は「指定難病306」だけあって厄介。数年治療したが改善しなかった。鼻詰まりの程度を臭いへの感応で調べる方法がある。程度の異なる臭いの元が入った数種の小瓶に試験紙を浸し、順に臭いを嗅ぐのだが、私の鼻は最強の瓶のでも臭わない大関級らしい。
最後の手はアリナミン?の注射だった。体のどこに打ったのかは失念したが、「暫くすると喉の奥からアリナミンの臭いがするはずです」と医者が言う。が、これもNGの横綱級と判り、「後は手術しかないですね」と。確か昔の手術は上唇と歯茎の間を切ったなあ、と頭をよぎる。
聞けば、最近は鼻腔からノズルを入れて水圧で「鼻茸」を削ぎ取る方式で@30万円也。原則一泊だが日帰りできることもあるという。「リスクは?」と聞くと、「額の裏の鼻茸は脳に近いのでゼロではない」と言う。臆病な私には、鼻詰まりに命を賭けることなど考えられない。
以来30余年、始終鼻をかむことと冬場の鼻水、歌が上手く歌えなくなったこと、そして何よりコーヒーや料理の香りを楽しめないことさえ我慢すれば、下町へ出ても様々な悪臭を嗅がずに済むメリットもある。が、長かった単身赴任中は、ガス漏れと傷んだ食べ物には注意を払った。
他では散髪と歯医者が鬼門。顔剃りのときに蒸しタオルで口を塞がれた日には息が出来ない。落語の床屋ネタにこういうのがある。熱い蒸しタオルを顔に置かれた客が文句を言うと、店主が「スイマセン、熱くて持てなかったもんで」。最近は刈るだけ@千円の安床だから蒸しタオル禍に遭わずに済む。
しかし歯医者はそうはいかない。23年10月に差し歯を入れた左上の奥から3番目がこの年明けに取れてしまった。何かとバタついていて暫くそのままにしていたら、支えを失った2番目が少しぐらついてきて、柔らかいものでも噛むと少し響く。
仕方なく21日土曜の9時、2年半前に3番目を治した六浦の歯医者に予約も入れず向かった。2番目も半分に古い被せ物がしてあるので、2番と3番を一緒に被せる方針という。納得して2番目の被せ物を除去し、セメントを入れてもらい無事帰宅した。
そして今日(23日)は2本連結の被せ物の基礎工事だ。1本だけだった土曜は事なきを得たが、2本の今日は勝手が違った。何が鬼門なのかと言えば、ドリルの削りカス飛ばすために噴射する水である。水と言っても、副鼻腔炎の手術ほどには強くも多くもなさそうだ。
が、吸引ノズルを操作する歯科衛生士さんの手元が気になる。水は口呼吸の私にはまさに凶器だ。息と一緒に吸い込めば、それでなくても喘息で過敏な私の気管支は激しく反応する。反応は気管支の収縮となって現れるから、下手をすると窒息するのである。
普段の食事でも迂闊に頬張ったりすると、息と一緒に食べ物が気管に入ることがある。幸いにしてまだ私の身体には、それを吐き出す体力が残っている。が、体力のないお年寄りにはそれができない方もいる。誤嚥性肺炎が老人の死因の上位なのはそのためだ。パーキンソンを患っていた15年前の母もそれだった。
その水が、今日初めて少し気管に入ってしまった。直ぐに背もたれを起こして咳込むことしばし、先生は「今日は2本だったからちょっときつかったですね」と。そして型を取り、セメントで覆って、次は1週間後と相成った。後はそれまで仮い被せたセメントが持ってくれるよう祈るばかり。
最後に余談。2月に92歳で亡くなった叔母宛に訪問歯科医院から毎月千円請求が来ていた。一度電話でどこを治療しているのか尋ねたら、口腔内の清掃とマッサージで、誤嚥を防ぐ効果があると。施設からの請求書にも毎月「薬をのみ易くするゼリー代」があった。「DDS」である。 おわり

