▶[小説]床屋の事件簿12(高22期 伴野明)

「12:アメリカ人の買い手」

 数日後、剛田さんから連絡が入った。「若月さんから、もう一件の買い手との話し合いに立ち会って欲しいと言ってきたんです、日曜日です、もちろん行きますよ、東条さん、行かれますか?」
「日曜日か、床屋は稼ぎ時なんで、無理です、あとで聞かせてください」と、断った。
「そうそうバカは話にはならないだろう、剛田さんが立ち会うなら」と心配はなかった。

 日曜の夜、剛田さんからの報告があった。
「どうもどうも、今度はまともな人のようです。日本語が話せる黒人だったんです。悪い人じゃないです。プロレスラーみたいな大柄な黒人だったんで、若月さんがビビッて引いちゃっただけみたいです、じゃあ詳しくは資料持って、明日お宅に行きますから」
「良かった、こんなにヤバイ事件ばかりじゃあ、身が持たねえ」と心配していたところだった。

 翌日剛田さんがやってきた、今度は終始ニコニコしている、きっと良い話なんだろう。
「いやいや、まともな話ですよ、あの跡地にショッピングセンター的な、わりと低層の建物を建てようという計画です。で、その担当が黒人で日本語ペラペラなんです。あれは関東言葉ですね、きっと若い頃日本に住んでいたに違いない。図面も貰いました。ただ、本当に初期アイデアの段階のもので、全然変わっちゃう可能性もありますとのことでした」
 そう言って剛田さんが広げた図面と想像写真は、比較的小規模のショッピングセンターが複数並んだ、どこにでもありそうなものでした。
「確かに、これで土地を全部買ってくれるなら御の字じゃん、安心した。進めていいんじゃない」
 武は、何か問題はないかと頭を回したが、思いつかない。「剛田さん、何か心配事、思いつかないかな? 一応オレ達、あれ以降信頼されているんだから、間抜けなことはできないよね」と、
剛田さんに振った。
「そうですね、現時点では私も何も思いつかない。あっ、一点だけ、値段についてちょっと話したんですが、『分かってます、買い叩いたりしません。少なくとも相場で買います』、って言うんです」
「そりゃ、何よりじゃん、で、黒人さんが買い主なのかな?」
「いや、ボスは白人らしいです。ニューヨークのマンハッタンに在住の」
「すげえじゃん、完璧」
「私も大賛成、で、気に入ったのが、ボク達、『セコくないから大丈夫です』の一言です」
「ハーハッハ、それ、面白い、『セコくない』と来たか」と、武は大爆笑。
 これで充分、と剛田さんは帰った。
 今日は五重○の一日だった。こんな日はひさしぶり、と日記に記した。

 剛田さんから連絡、「来月、ボスが来日するから、お会いしたい、新横浜のホテルまでご足労願えませんか、と言ってます。日にちはご希望に合わせます、とのことです」
「うん、じゃあ、ウチが休みの火曜日が良いな、そう、七月七日の七夕なんて縁起がいい、そう伝えてください」
「分かりました、お伝えします」

 翌日、「スーツ、クリーニングに出すから、タンスから出しといて」と尚子に伝えた。
「クリーニング? 何に使うの? どこで?」と尚子が反応。
 しまった、安心して尚子の存在を忘れてた。武は大いに焦った。
「ああ、これから説明するところだった、良い話だ、問題は何もない」
「ふうん、説明して……」
「ちょっとバタバタしてたあの蓮池の土地、良い人が買うことになりそうなんだ。で、説明をするから横浜のホテルに来てくれという事。相手は金持ちの外人、剛田さんも同席するよ」
 話を聞いた尚子だが、あっさりとは信用しない。
「お金持ちの招待ってこと? なら費用はあちら持ちで済む訳よね……私も行っていいかしら?」
 来た、尚子の強烈チェックが入った、これは逃げようが無い。
「おう、全部向こう持ちさ、こちらはキチッとした格好で行けばオッケー」
「わかった、行きましょう。クリーニング代はしょうがないわね、食事も出るの?」
「ああ、時間帯から考えて、全部込みでしょ」
「いいわ、楽しみにしてる」
 尚子込みの会食になるが、結局それを避けては進まない。まぁ、楽観視するしかない。武は
覚悟を決めた。
 最終的に会食のメンバーは、武、尚子、剛田さん、若月さんと決まった。蓮池の奥さんはまだ体調が完全ではないので、欠席となる。場所は横浜の山下公園近くのホテルだ。

 当日、皆は武の店に集合した。先方が車を手配してくれる。
「ブワー」、大型のアメ車が到着した。
「なかなかVIP待遇じゃないか」と武はご機嫌である。
 約1時間ほどでホテルに到着した。フロントで待っていると、大柄な黒人、続いて髪の豊かな白人の男性がエレベーターから出てきた。黒人はTシャツで、顔に鳥の翼みたいなタトゥーが入っている。一瞬武はそのタトゥーが気になった。「どこかで見たような?」、白人はキチッとスーツを着用、白髪交じりだが、一見して映画俳優のレベルのいい男だ。
 白人は「Hello」と言って、握手を求めたが、ちょっとためらった。
「こんにちは、はじめまして」と言い直して、ニコッとした。
「日本語、完璧じゃん」と武は驚いた。
 彼の日本語には外人らしさがない、これは日本生まれかもしれない、と改めて彼を見つめ直した。
「マイケル浜野と申します、宜しく御願いします」と、改めて握手を求めてきた。
 それを聞いた武が、驚いて後ずさりした。
「マイケル浜野って、あのマイケルじゃんか」と、思わず叫んだ。
「えっ」白人も驚いて逆に武を凝視する。
「『横浜連合』の東条、東条武だよ」と武は自分を指さし、繰り返す。
 外人は首を傾けていたが、突然、「ドブイタで会った東条さんか」と大声を上げた。
「そうだ、その東条だ。思い出してくれたか、アー、最高」、武はそう言うと涙がボロボロ出てきて止まらない。タトゥーの黒人の名前も思い出した「ボブ」だ。
 涙をもらったマイケルもハンカチを出して涙を拭った。
 二人は握手の後、抱き合った。お互いの背中をボンボンと強く叩きながら。

 感動の再会の後、全員がスペシャルルームへ向かった。
「時間はたっぷり取ってありますから、まず食事にしましょう」とボブが案内してくれた。
 それぞれが食事を堪能した。そこでちょっと問題が発生、武とマイケルは昔話に花が咲き、
剛田さん、奥さんグループと完全に別れてしまったのだ。
 結局、土地の話をする予定が完全に崩れ、武とマイケルが居残り、他は退散となってしまった。
「すみません、予想外の事になってしまって、改めて場を設けますのでよろしく御願いします」
 事務的な話は来週に延期となった。しかし顔見せだけに終わったこの会合は、良い雰囲気に終わったのは確かだ。次回に期待がもてる。
 何てこった、あのマイケルに再会できるなんて、人生面白いね。そう記して日記を閉じた。

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