▶[小説] 天狗の鼻 第3話(高22期 伴野明)
3:米軍基地
ベース(米軍基地)の入り口まで来た。もう開場してる。多少回りが散らかっているけど、とりあえず今日の地震の影響はないみたいだ。オレたちは列に並んだ。
入るのに特にチェックはない。長い棒とか持っていない限りはだれでも入れる。
入って見ると、行っても良い場所、ダメな場所は分かりやすく別れている。それは当然として、「行っちゃダメ」な場所を見て、オレは「ギクッ」と来た。軍服の憲兵が銃を持ってるんだ。「あれは飾りじゃなくて、実弾が入ってる」そう思うと、「やっぱ基地はヤバイ」と実感した。
「勇気、ここ、日本じゃねえからな、アメリカだから、下手したら銃で打たれるぞ、一応言っとくけど」と、貴じいさんがニヤッとする。
「腹へったな」と、貴じいさんが言うと、オレも腹のことを思い出した、ペコペコだ。
「ハンバーガー食うべえ」と、売店に向かった。途中、貴さんがシワクチャのドル札を取り出した。「よかったな、たまたま今回、余ってる古いドル札を持ってきたんだ、日本の銀行へ行くより、基地の中で今のドル札と交換した方が得だって知ってるから」そう言って古い10ドル札を10枚も渡してくれた。
本物の米国ハンバーガー、大味だけどまあまあだった。ただ、やたらデカイ。日本の3倍はある。コーラもビンがデカくて飲み干せない。基地を出るまでに飲むからいいや、と腰のバッグに押し込んだ。
バーガーを食って一服すると周囲を見回した。テープで基地周回ルートが分かるようになっている。「貴さん、あのルート通りに行くと、何と何が見れるんだろう?」
「そうよな、前に来たときはまず潜水艦、原潜じゃねえけど。それから空母、あと工場とかな、ただ、それは年によって違う、よし行こうぜ」
貴じいさんの合図でルートに沿って歩くと、海っぷちのエリアに潜水艦の展示があった。皆が列を作って潜水艦に入って行く。
潜水艦の中を見るのは初めてだった。しかし正直面白くはない。やたら狭いし、
何だか分からないパイプや配線の束、メーターだのを見ても感動はない。早々に外に出た。
「貴さん、潜水艦は面白くねえ、早く空母に行こう」オレは空母の絵が貼ってあるルートを急いだ。
空母のエリアに着いた。
「ド、デカイ!……」思わず叫びたくなる。近くでみると、まずその大きさに圧倒される。船と言えば、乗った経験はフェリーぐらい、それでも「デカイ」が、空母は迫力が違う。――「ド、デカイ」――んだ。
「勇気、思い出した。この空母、『ミッドウエー』だぞ、6万4千トンある」
「ミッドウエー? 聞いた事あるなぁ、それって50年前ってこと?」
「そうだ、あのころはベトナム戦争が終わったけど、反戦運動はけっこう尾を引いてた。ここ横須賀は毎年騒がしかったけど、今日はその点は静かじゃん」
確かにドブイタからこの米軍基地まで、反戦デモみたいなものは無かった、「フレンドシップデー」の対応がしっかりしてるみたいだ。
それにしてもすごい人並み、この分じゃ空母の甲板まで登り切るのに30分はかかりそうだ。
「グラーッ」空母へ登る階段が揺れる。そりゃそうだ、よく見るとこれ、階段じゃなくて長い鉄のハシゴじゃん。
「オット」オレはバランスを崩して前のお兄さんの腰に抱きついたみたいな格好になった。
腰に硬いものがあった。それを掴んだから倒れずに済んだのだ。
「なんやコラッ」前のお兄さんが、関西弁で小さく叫んでオレを睨んだ。
「すいません、揺れたから……」と弁解するオレを、お兄さんは「許さヘン」みたいな怖い顔で、まだ何か言いたそうだ。
「シャーナイじゃん、スゲー揺れたんだから、そんなに怒るなよ『チ○コ』を掴んだ訳じゃないし」とオレは無視した。
「何だあいつは? 何で関西弁のヤツが居るんだ、ここは横須賀じゃんか、薄汚い茶色のジャンパーなんか着こんで、と、回りを見ると同じ風体の若者がパラパラと見える。……何かのグループ? よく見るとみんなムスッとしてる、もっと楽しそうにできねえのかコイツらは?」と思った。
なんとか甲板に登れた。「ウワッ、広い」、広いだけじゃない、翼をたたんだジェット機がたくさん並んでる。
「ウオッ、ファントムじゃんか」貴さんがつぶやいた。
『ファントム』って名は聞いた事がある。形も『これぞジェット戦闘機』みたいな迫力がある。
翼の下に尖ったミサイルみたいのがいっぱい付いてる、「貴さん、ミサイルっていつもあんな風に付けて置くもんなの?」
「あれはミサイルじゃねえよ、たぶん増槽だろ」
「『増槽』って何さ?」
「そう、言えば『予備燃料タンク』だな」
「あはっ、あれはミサイルじゃねえんだ」
「そうだ、空母内に行けばミサイルが見れるぞ」
甲板上にも通路表示のラインとテープが続いている。それを辿って行けば、甲板の真ん中あたりで空母内に降りられそう、オレはワクワクしてきた。
さんざん待たされたが、ついに空母の中へ入った。甲板から見ると地下1層とでも言うのかな。
「高い、広い」すごい空間、それが地下1層だ。
「いるいる」、ファントムがずらり、なんとここの機体にはミサイルが付いてる。
直径が細くて小さい翼がついてる、どう見てもこれがミサイルだ。
1層の中央付近に1機、見本として見せるために置いてある。周囲に何カ所もハシゴがセットされていて、それに登れば装備や機内が見られる。見られるし触れる、オレはそれが希望なんだ。さすがにコクピットには入れないが、ぎりぎり近くから見られる、外から見るだけで凄さが分かる。
「スゲエ、こんなに複雑で難しそうな場所って、世の中に無いよな……今から航空自衛隊に入ろうか」なんて気にもなる。
「おい、あれ、20mm機銃だぞ」と後から貴さんの声、指さす所に太い鉄パイプの外周に穴が空いたような銃口が見えた。
「20mmっていうと?」、と指で20mmを作って見た。
「けっこう太い、こんな弾がバンバン連発で出るんだ」、そう考えると、とてつもない兵器だ、と実感が沸いてくる。
「ミサイルは『サイドワインダー』だな」と貴さんが叫ぶ。
「何、それ爆弾の代わり?」とオレが聞くと、「ちがう、ちがう、それは空対空、敵の飛行機を打ち落とすためのもの、敵の排出熱を赤外線センサーで感知して自動的に追っかけるやつ」と、貴さんの説明が入った。
「へぇ、この頃でも自動追跡なんてあったんだ、50年前だぜ……」と、オレは大感心。
オレはハシゴを変えてファントムを舐めるように見尽くした。(続く)