▶パガニーニのバイオリン協奏曲第一番 その愛聴遍歴(高22期 松原 隆文)

 この曲は面白い曲だ。ベートーベンやメンデルスゾーンの協奏曲のような格調の高いクラシック音楽というより、むしろ1800年代初頭のイタリア市民の猥雑な会話が聞こえてくるような、当時の流行歌を彷彿させる刺激的な曲だ。大道で演奏しても大受けしただろう。
 筆者がこれを初めて耳にしたのは、(またか!だが)クライスラーが編曲したものだった。それも偶然聴いたものだ。原曲とかなり違っていて、スローなテンポに終始している。まるでウオルト・ディズニーの世界を想像させるようなファンタスティックな編曲だ。ただ、近年は余り演奏されていないようだ。ちょっと時代遅れなのかもしれない。しかしこの編曲に刺激されて、筆者はサルバトーレ・アッカルドが演奏する原曲を買っってみた。ちょっと聴いたが印象がなく忘れてしまっていた。しかし何年か前、YouTubeでこの曲を聴いて衝撃を受けた。それはメニューインが演奏する盤で、彼が18歳の時パリで録音したものだ。

 何しろ若さに任せてこの稀代の難曲を弾きまくる。なんの屈託もないひたむきな演奏がストレートに耳に飛び込んでくる。筆者はこの演奏がなんとしても欲しくなり、ヤフーオークションでようやく手に入れた。朝晩毎日、休日は朝昼晩聴いていた。しかし何十日か経ったある日、何か物足りないものを感じ始めた。何だろう。分からない。ただ、とにかく別の人の演奏を聴きたくなった。そこで、この曲に定評のあるジノ・フランチェスカッティのライブ盤を買ってみた。これがズバリ的中であった。何しろパガニーニの情熱そのもので、何度聴いても飽きない。徹頭徹尾唄いまくっているのである。メニューインになかったのは正にこれ(唄う)だった。スタジオ録音盤もあり、これも買った。こちらの方が完成度は高いかもしれないが、筆者は断然ライブがお薦めだ。演奏が終わると、録音と一緒に拍手をするくらい素晴らしい。更に嬉しいことにこの盤、ブラームスのバイオリン協奏曲とカップリングだ。この演奏が出色で、このCDは儲けもの、というところだ。

 話が逸れるが、ブラームスの協奏曲は地味で味も素っ気も無い。クライスラーがアメリカに演奏旅行に行ったとき、1シーズン20回も演奏して普及したという。だからブラームスのこの曲にとって、クライスラーは大恩人だ。筆者はこの曲、今でもクライスラーの演奏が指折りだと思っている。定評のあるオイストラッフの盤も買ってみた。アフリカのサバンナで、犀が悠然と風に吹かれてボンヤリしているような演奏だ。しかし凄い盤を見つけた。ジネット・ヌブーの盤だ。味気ないこの曲を、冒頭からまるで火を吐く様な熱のこもった演奏をしている。これを聴いてしまうと、オイストラフの演奏も凡庸に聞こえてしまう。ブラームスは北ドイツハンブルクの出身だ。だから本来ドイツの演奏家が得意な筈だ。しかし女王アンネ・ゾフィムターの演奏も素っ気なくてつまらない。フランチェスカッティもヌブーもラテン系だ。意外にもブラームスはラテン系の演奏家の方がしっくりするのかもしれない。残念なのはヌブーが夭逝したことだ。

 本題の戻ろう。フランチェスカッティの演奏を聴いて、更に別の名人の演奏を聴きたくなった。その名もレオニード・コーガン!早速購入して聴いてみた。この演奏も素晴らしい。第1楽章の初めの超絶技巧の高速演奏部分などはフランチェスカッティよりコーガンの方が断然上だ。フランチェスカッティが脳天気の名演なら、コーガンは冷たくしかも大きな情熱を内に秘めた氷河のような名演だ。この二つを交互に聴いて楽しんでいた。両人とも唄いまくるのである。メニューインを聴かなくなったのは多分唄わないからかもしれない。

 さて、今まで述べたことは、実は前置きだ。これからが言いたいことだ。この曲を演奏する凄いバイオリニストが現れたからだ。その名も吉村妃鞠! 彼女のことは、数カ所で書いているから、「またか!」と言われるかもしれない。しかし、何度讃えても讃えきれないほど素晴らしい! 彼女が数々のコンクールで、幼少にも拘わらず優勝したときに弾いていたのがこの曲だ。他に定番のチゴイネルワイゼンやパガニーニのカンタービレを弾いている姿の映像が数多ある。審査員が聞き入っていると言うより、聞き惚れている姿が印象的だ。筆者などは、このカンタービレを聴く度に、感動で涙が止まらない。しかもこの人は、マナーが実に良い。お辞儀が愛らしく、おでこの辺りが実に可愛い。野球の大谷も凄いが、この妃鞠さんは日本が世界に誇る天才だ。そしてこの人が弾くパガニーニは最高だ。子供でありながら、天性の感性なのか、心に染み渡る演奏をしてしっかり唄ってくれる。この人の演奏を聴いて困るのは涙が出すぎることだけだ。今年ジュリアードに最年少で入学した。日本で演奏することも増えるだろうから、是非一度でいいから生で聴きたいものだ。最近はその名をHIMARIで統一しているようで、元気に成長して大成することを願うばかりである。
 パガニーニは、人間的にも少し問題があったらしく、悪魔に魂を売った男などと言われたそうだ。妃鞠さんは、バイオリンの神様に守られた人だと思う。

    ▶パガニーニのバイオリン協奏曲第一番 その愛聴遍歴(高22期 松原 隆文)” に対して2件のコメントがあります。

    1. 高橋克己 より:

      松原さんの好事家振りには脱帽する。クラシックと言い、歴史と言い、興味の範囲は私と近いし、知識の容積もほぼ同量と思うが、彼のは狭いが余程深い。で、パガニーニ。勿論私も好きだが、その超絶技巧よりもメロディーメーカーの一面に着目する。パガニーニの名フレーズだけををギターで弾いたCDがあるが、協奏曲1番の半ば前辺りのフレーズは何とも言えない。演奏家では、ギトリスの如何にもジプシーらしい弾きっぷりがパガニーニの難曲に合う。彼の来日コンサートも聴きに行った。台湾でカラヤンのペット、ムターの演奏も聴いたが、松原さんの感想通り面白味や個性がなかった。

    2. 松原隆文 より:

      大したことないですよ。凝り性なんでしょうね。
      ギドリスという人は個性のある人らしいね。ムターさん決して嫌いではありません。あの人魚妃スタイルで出てくると、嬉しくなりますね。マナーも良いし、好感持てます。ただ総じて彼女の演奏は素っ気ないですね。メンデルスゾーンなんかもっと感情移入して情感豊かに演奏したら?と思います。個性なんでしょうかね。
       バイオリンの演奏は唄って呉れないと物足りないですね。

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です