▶[小説] 天狗の鼻 第5話(高22期 伴野明)

5:ラノベ

「ウーッ」少し目の痛みが治まった。何が起きて、ここが何処なのか、分からない。
 目が見えるようになると周囲の状況が分かってきた。上も下も全部が鉄板だ、どうも鉄カゴの自動移動ルートの中間点のように思える。
「貴さん、少し見える」と、オレは壁のすき間から地下1層の全体が見えることに気づいた。オレ達は、ちょうど1層の天井付近に位置しているようだ。
 1層の混乱は治まっていた。MPが多数散らばっていて、一般の日本人は、ほとんどが退出したようだ。
「貴さん、出ようよ、みんな出ちゃってる、オレたち取り残されちゃう」と、言うと貴さんがクビを横に振ってる。
「おまえ、現状が分かってねえ、まずこの状態からどうやって出るんだ、思うに、この鉄カゴ、自動で動くレールの途中で引っか掛かってるみたいだ、どこをどうすりゃ動くのか」と貴さん言われて考え込んだ。
 思い出せばここに来たのはオレが緑の液をくらって目が見えなくなり、何かのボタンを押してしまったのが原因だ。
「勇気、ここから逃げ出すのは可能と思う、鉄カゴのボタン、その操作方法が分かれば動かせるはず、だが押し方を間違えて、更におかしな所に行っちゃう可能性もある。だけどそれは何とかなる、問題はそこじゃねえ、問題はここが空母の中だってことだ、そしてもっと大きな問題はオレたちの立場だ」と貴さんは難しい顔になった。

「立場って言ってもオレ達何もしてないぜ、偶然が重なってこうなっただけじゃんか」
「その通りだ、問題は向こう側、要するに米軍から見てオレたちがどう見えるかだ」
「どう見えるって言うと?」
「いいか、こういう事に楽観は禁物だ、最悪を考えないと」
「最悪か……現状でも最悪なのに貴さん、さらに何かあるって言うのかよ」
「覚えてるか、この鉄カゴが間違って動き出した、その時爆発音がしただろ」
「覚えてる、結構大きな音だった」
「あれは風船が爆発した音だろ、風船を膨らませたのはガスライターのガスだったんだ。オレたちのカゴには関西弁左翼野郎が持ってた風船がたまたま1個くっついていた、鉄カゴの移動中、それがどこかの角にこすれて爆発した。その音は意外に大きかった。ということは米軍が活動家の誰かが爆発物か、武器を持ってる可能性を疑っているかも知れないってことだ、状況は米軍本部に入ってるから、オレたちは今後、危険人物として扱われるわけだ」

「分かった、ここを出たらすぐに両手を挙げて『Give Up』をすればいいんだ」
「違う、そんなに米軍は甘くねえ、『Give Up』の振りを信じて油断したら返り討ちに合う、ベトナムの戦場に行った連中は、そんな経験がある。やるかやられるかだ、何かあったら本当に撃つ。いまここは2025年じゃねえ、1975年の『空母ミッドウエイ』の中だぜ」
 そう言われてオレはガーンと来た。思い出した、あの関西弁左翼野郎の腰にあったのは、風船膨らましに使う小型のライターガスボンベだったのか、クソッ、どこまで絡んでくるのか。

「もう一回状況を整理してみる、オレ達が最悪、どう見られてるかって事。まず現場でこの緑の液を浴びた、それはここで起きた騒動の場に居た証明だ。そしてここでは左翼活動があった。オレ達二人はその場を逃げ出し、その祭に何かを爆発させた。そのまま現場は収まったが、もし出て行った時、『隠れていた奴等が出てきた』ってことになる。時間も問題だ、現在この状況だ、すぐには出られない、向こうから見ると、出るまでの時間が長いほど、『すぐ出れば良いのに何か企んで潜んでいた』と、見えるよな」
 そうか、単純にバンザイして出れば済む話じゃないんだ。どうすりゃいいんだ。貴さん、どう考えるの?
「さっき最悪って言っただろ、本当に最悪になった場合どうなるか、言っとく。
『殺されて消される』……いいか、オレ達がここに来たことは誰も知らない。記録もない。ということは、もし米軍がオレ達を始末しても、『だれも気がつかない』ってことだ」

「最悪の想像は分かったよ、もう、それは止めて、どうするかを考えようよ」
「そうだな、失敗のないように少し考えた方が良いな。まだ時間はある」
「オレ、思うんだけど、今のこの状況って、夢の中じゃなかったっけ、タイムスリップした時点から夢の中の現実を、さ迷よってるだけじゃないの?」
「そう、オレも同じ事を考えはじめた。あのお地蔵さんからずっと二人で夢をみてる。
 フッ、思い出したけど、勇気、おまえ『ラノベ』って読むか?」
「ライトノベルだろ、高校生のころに結構読んだ」
「あれって面白いか」
「面白いかって言われると何とも、だけど何冊も読んだから嫌いじゃない。普通の小説も読んだけど、なんて言うか面倒くさいんだよね、舞台設定とかが」
「逆だな、オレ達世代だとラノベなんて読めねえ、実は試しに何冊か読んだ。どれも『ふと気がつくとお城の中に居た』なんて始まり方じゃんか、なぜそこに居るのかは省略なんだな、舞台の背景描写なんかも省略、いきなり王女様が出てきて物語が始まる。そりゃあ、三島由紀夫の『潮騒』みたいに、海鳥が飛んでる、海岸の景色がどうとか、こうとか、物語の内容に関係ない背景描写に何ページも使うのはクドいと思う。だけどラノベで敵や主人公が何をするのも『魔法』で済ましちゃうのはどうかと思う、確かに何でも『魔法』で済めば書くのは簡単だ。究極の手抜きだけど、読むやつが居るんだから書くわけだ、究極のワンパターンをな、バカな世界だ」

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