▶昭和のラジオ・テレビ物語:第5話(高22期 高橋揚一)

(昭和99年11月)
【ホームラン教室】

昭和30年代の18時頃からは、NHK総合テレビの30分番組を見ながらの夕食。ライスカレーにソースをかけて食べていた。『チロリン村とクルミの木』『ポンポン大将』『ホームラン教室』『魔法のじゅうたん』『オロップ牧場の仲間たち』『三太物語』『宇宙船シリカ』など、小学生に人気の番組が並んでいる。

中でも『ホームラン教室』とそれ以降に続くホームドラマにはさまざまな思い出が詰まっている。主演の小柳徹は、ラジオの時代からの名子役。5〜6歳頃には棚の上のラジオにかじりついて『コロの物語』を聴いていた。主題歌は小柳自身が歌っている。
♬お父さんは青い雲 いつもそっと見てるよ きっと お母さんはそよぐ風 いつもそっとささやく きっと ワンコロワンワンコーロコロ ワンコロワンワンコーロコロ ワン ワン ワン♬

『ホームラン教室』は、アンパンこと小柳徹のキャッチャーとネズミというあだ名の小柄な少年のピッチャーのバッテリーが主役で、チームメンバーと『フーテンの寅さん』のおばちゃん三崎千恵子などその家族たちが登場する物語だ。
♬僕らは町の子元気な子 空を仰げばテレビ塔 みんなでいこう胸張って ホラ ホームランだよホームラン ホームラン(チャッチャッチャ)ホームラン(チャッチャッチャ) ホームラン教室♬

この歌も小柳が歌っている。建設されたばかりのテレビ塔東京タワーがタイトル画面に念写のように映し出される。アンパンの家は大川ベーカリーというパン屋さんで、牟田悌三の父親、幸つや子の母親、妹、モーやんという住み込みの従業員がいた。

ネズミの家は歯科医で、両親のほかに姉がいた。アンパンが訪ねると玄関に出てくる姉の白いブラウスと素足を出した黒いタイトスカートがとても気になって、登場するのを期待して見るのが常だった。この姉が古賀さと子という童謡歌手だったことは後で知った。ジャーナリスト田原総一朗の妻田原(古賀)節子は彼女の実姉で、ともに小平霊園の同じ墓地に眠っている。

「子鹿のバンビ」などを歌っていたが『ホームラン教室』での声とは異なる昔の童謡歌手のキンキンした高い声なので、同一人物とは思えない。古賀さと子は日本テレビで日曜の19時から30分間放映されていた『ママちょっと来て』の主題歌を昔の童謡風ではない声で歌っていて、当人も脇役で出演していた。ボニージャックスとの掛け合いの歌は印象的だ。
♬ママ ママ ちょっと来てママ ポチが草履をかじってる ミケが金魚鉢ひっくり返した 何でもママ いつでもママ これじゃあママも目が回る 身体がいくつあっても足りません 洗濯物が溜まります ご飯の支度日に三度 ご用聞きからお客様 お部屋のお掃除お買い物 何でもママいつでもママ これじゃあママも目が回る 身体がいくつあっても足りません ママ ママ ちょっと来てママ♬

アメリカ製の『うちのママは世界一』や『パパは何でも知っている』の日本版でパパ・ママと呼ぶ文化が広まっていった。ママは「百万ドルのえくぼ」の乙羽信子で、パパは『七人の』の千秋実。『ホームラン教室』の下町のちゃぶ台でくつろぐ牟田悌三と幸つや子とは違うハイカラな家庭の最先端へと、資生堂や味の素やセーラー万年筆が提供する民放の番組は向かっていった。
雨天時に傘を持って迎えに来て下校生たちの中に娘を探していた父親を遠くから「パパ!」と呼べずに濡れて帰宅したと中学時代の同級生当人から後日聞いたことがあった。


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