▶[小説] 天狗の鼻 第8話(高22期 伴野明)

8:『褌(ふんどし)』

「さて、実行に移そう、打合せの通り、まず、オレ達の存在を知らせることから始める、米兵は知らないはずだから、そこにある小さなすき間から何かを外に出して気づかせる。一番無難で安心なのは『白旗』だな、うまく気づいてくれればメッケものだ、誰かが居て『白旗』を出してる、『まだ残っていたのか……』で済む話だ」
「もし気づかなかったら?」
「自分たちで出て行くしかねえ、この鉄カゴを逆走させてな」
「操縦方法は?」
「そこの操縦装置のボタンを適当に押すしかねえだろう、運を天に任せるってことだ。まずは『白旗』の用意だ。しかしタオルもハンカチも持ってこなかった、布きれがないぞ」
「貴さん、オレ、着ている物が全部黒か灰色なんだ」
「布きれだよな、オレだって似たようなもんだ、チェックのシャツにランパンだぞ……」
「あっ……」、と貴さんが叫んで、押し黙った。
「なにか着てる?」
「着てるとは言わねえ、『付けてる』って言うんだ」と言って貴さんが腕を組んだ。
「『付けてる』なら外してよ」とオレが言うと、「仕方ねえ……」とランパンを脱ぎ始めた。
 どうも貴さんが勿体ぶるなぁ、と思っていたが、なんと『付けて』いたというのは『褌(ふんどし)』だったんだ。
「貴さん、ふんどしなら、形から言って『旗』の代わりにうってつけじゃん」とオレはフォローした。
「日本では戦国時代から『褌』は大事な時に役立つんだ、それが今ここでも、っていうことだ」と、貴さんが力説。
 ところが、「あっ、ダメかこりゃあ」と、貴さんが叫んだ。外したふんどしは浴びた緑の液が染みこんで白くなかった。
「でも黒よりはマシです」と言うのが精一杯、結局、緑のふんどしを壁のすき間から表に垂らす事になった。

「よし、外の状況は?」
「米兵が10人ほど、片付けをやってます」
「装備は?」
「2人がMPの軍服で、銃を持ってます」
「銃? 緑の液を吹いた銃じゃねえな、たぶん本物だ、まずいな……」
「状況悪いけどしかたない、出せ」
 オレは壁のすき間から『緑のふんどし』を垂らした。なんて間抜けな展開だ。
 30分以上経った。何の動きも感じられない。
「貴さん、気づかないみたい、何か叩いて音を出すとかしたら?……」
「ダメだよ、さっきからBGミュージックの音が大きくなった。相当大きな音を出さないと気づかない」
「軍隊で、しかも空母の中でこんな曲を流して大丈夫なんですかねえ、米軍って?」
「それがアメリカってもんよ」と、貴さんが口を尖らせた。
「はあ……」

 時間が進む。しかし、だれも気づいてくれない。オレは痺れを切らした。
「貴さん、もう、行きましょう、それしかない」
「確かに、腹減ったし、もう、限界だな、やるしかない」と、貴さんも同意。
 鉄のカゴの端に小さな操作盤がある、ボタンが5個、赤、黄、緑、ピンク、白だ。
「勇気、おまえどれを押したか覚えているか?」
「全然……、緑の液を浴びて一瞬目が見えなくなって押しちゃったんだから」
「そうか、とにかく、普通に考えると赤はストップ、黄は注意、緑がGO、だよな、
そうすると、戻るのはピンクか白ってことになるなあ……」
「『同時押し』ってのもあり得る、ピンクを押しながら、緑でGOだけど、一気に行くんじゃなくて、押してる間だけ動く、とかね」
「うーん、考えてもしょうがねえ、ピンク、白を一回ずつ押してみよう。それで動かなかったら『同時押し』の可能性が高くなるな、どうだ……」
「同感……で、誰が押すの?」
「ようし、ジャンケンで勝った方」と貴さんが真剣な顔で言った。
 ここまで来て、しかも命が掛かってるのに、ジャンケンかよ、と思ったが、『だからジャンケン』とも言える。

「ジャンケン、ポン」貴さんがグー、オレがパーだった。
 一発で決まった。オレが押す。
「よし、押す前にもう一度現場を確認しようぜ」と貴さんが壁のすき間から地下の現状を確認した。
「確かにMPが2人、他は作業員っぽいな、オレ達が元居た場所、ちょうど清掃中だぜ、鉄カゴレールの末端だな。あいつら邪魔だけどしょうがない。よーし行こうぜ、オレが『天狗』さんに神頼みしたから大丈夫だ」と貴さんが片手を立てて『天狗』を拝む。

「神頼みかよ」と思いながらオレはボタンをもう一度見た。
「まず、ピンクを1回押すんだっけ」
 そう思いながら震える指がピンクボタンに触れた。
「勇気、突然ビュンッと動くかも知れないから、鉄カゴ、しっかり持ってろ」
「分かってるって」とオレは親指を立て[GOOD]サイン。
「えーい、行け!」と指に力を入れた。
「ビュワッ」一気に鉄カゴが動き出した。首が置いて行かれそうな凄い加速、想像していた3倍ぐらいのスピードで動く。
「ガッ」、「カッ」、「ガッ」来るときの逆コースを凄いスピードでトレースした。
 オレは曲がり角で吹っ飛ぶ寸前だった、貴さんも必死でしがみ付いている。
 スタート地点が迫る、清掃していた米兵二人が気づいてこちらを凝視して固まっている。
「ドンッ」停止位置。遠慮無い停止だった。ほぼ衝突に近い。
「アッ」悲鳴に近い声を出して、オレと貴さんは鉄カゴから放り出された。必死でしがみ付いていたため、手が離れた時、反作用で空中で綺麗にクルリと一回転。
「ドカッ」、「ヅカッ」オレと貴さんは膝から米兵の上に落ちた。見事過ぎる膝蹴りがヒットしたような絵になってしまった。
「アウッ」、「オウッ」二人の米兵は呻いただけで、完全に失神した。
 逆にオレ達は米兵をクッションに、ダメージなく、スッキリと正立してしまった。それがまずかった。もう完全にオレ達は『突然出現した悪役』になった。

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