▶[小説] 天狗の鼻 第9話(最終回)(高22期 伴野明)

9:「アインシュタインに勝った」、と彼女の思い出

「What?」、「Why?」その状況を遠くで見ていたMP達は、あっけにとられてすぐには行動が起こせない。
「貴さん、何か振らないと、何か……」とオレは叫んだが、貴さんは首を横に振った。
「ダメ、最悪だ、いまさら降伏のサインなんか遅い、連中、銃の用意に入ったぞ」
 見るとMP達が銃を持ち直して、何かしている。
「安全装置を外してるんだ、次、オレ達の足を狙って撃ってくるぞ」と貴さんが叫んだ。
 打合せで想定の最悪パターンに陥った。もう、戦闘モードしかない。一発で死ぬことはないだろうが、足を撃たれたらヤバイ、オレは米兵に向かってダッシュした。
一人目のMPが銃をオレに向け、構え始めた。
「チカッ」想定の通り、2秒戻った。オレはジャンプして、チョーパン(頭突き)をお見舞いした。
「ガツッ」痛そうな音で命中、MPは吹っ飛んだ。
 間髪を入れずに、MPの銃を拾い上げる。オレが銃を取った瞬間、「チカッ」タイムスリップが起きた。
 二人目のMPが銃をオレに向ける直前だった。
「パンッ」オレは自分の銃床で、ヤツの銃を払い落とした。何が起きているか分からないMPは呆然としている。そりゃそうだ、突然オレが現れ、一瞬後に自分の銃は弾き飛ばされているんだもの。
「ごめん!」そう心で叫んで、オレは銃床でヤツの側頭部を打った。
「バンッ」、また決まった。一瞬でMP二人を倒した。
「貴さん、タイミング、バッチシ」オレはまた、親指を立て[GOOD]サイン。
 他の米兵は、目の前で起きていることが信じられないのだろう、皆、呆然としている。もう今、逃げ切るしかない、貴さんと目で合図、全力で走って甲板へ向かう。
 幸い登りの階段はだれも居なかった。
「ハアハア」、貴じいさんが限界っぽい。
「大丈夫?」とオレが声をかけると、「須賀っ子だぜオレは」と強がる。

 空母甲板に出た。オレはギョッとした、MPが10人以上いてオレ達に気づいた。
 そのうち一人が、無線機で交信している。話しながら、こっちをチラチラ見て頷いている。「ガーデムッ!」と突然大声で叫んだ。
 無線機の男は、オレ立ちを指さして、何やら指示を出している。
 貴さんが、ヘタッと座り込んだ。「やられる……終わりだ」とつぶやきながら。
 MP全員が銃を構えて姿勢を低くした。その場の空気がピーンと固まった。何かが動いたら発砲するのは間違いない。
 その時だった、「ピカッ」景色が変わった。
「10人に囲まれたら、タイムスリップしても戦えないよ『Give Up』するしかないよね」とオレは貴さんに告げた。
「オレたち、MPをぶっ倒してきたんだぜ、向こうは撃ち気満々だ、だけど風景がちょっと違わねえか?」と、貴さんがつぶやく。
「ピカッ」また景色が変わった。
「勇気、驚いた、時間が止まったんだ」
「何? 止まったって?」
「もう一回やる」そう言うとまた「ピカッ」ときた。
 オレは風景を見直した。
「止まってる……」、それは僅かの間だった。
「約2秒、時間を止められる」と貴さんがつぶやいた。
「天狗の鼻の動きに中間位置がある。そのあたりは感触がグニャグニャしててハッキリ分からないけど、そこに合わせると時間が止まるんだ、それを発見した」
 何でもいい、2秒間が断続的でも連続すればMPに勝てる、オレは貴さんに「GO」サインを出した。
「ピカッ」……「ピカッ」……「ピカッ」、オレは全力で走り回って、MPの銃を奪って全員を蹴り倒した。
「ピッ」、「ピッ」、「ピッ」天狗の反応が鈍くなってきた、使いすぎかもしれない。

「……」「……」「……」MP達は何が起きたのか分からず呆然としている。
「全力ダッシュだ」、オレは貴さんを引きずるように空母を下りた。
ベースの出口まであと100mほど。MPは追ってこなかった。

「ハハッ、オレ達、時間を止めた、アインシュタインに勝ったんだ」そんな事を思いながら走り出した。
「もう一息」と声を合わせ、ベースの出口に向かった。
 出口まで50m、もう足が死んだ、ヨタヨタになってる貴さんを引っ張るのも限界だ。
「ウーッ」「ウーッ」けたたましいサイレンが鳴りだした。
「ヤバイ、やつら正気に戻って警報が出たぞ」、と言って貴さんが「こうこれまで」みたいな顔になった。
「クソッ、何かないか……」と辺りを見回すと、「ブワンッ」ジープが間近に止まった。すぐ男が降りてきて、急いで建物に向かった。
「ラッキー、トイレ行きだ」オレは直感でそう思った。
「キー付きで……」そう願った。正に「神頼み」
 乗り込むと[GOOD]、当たりだった。
 倒れそうな貴さんをやっと車に引きずり込む、エンジン始動。
あとは入り口の木の柵を車で弾き飛ばせば基地から出られる。日本に戻れるんだ。
 最後に貴さんの状態を確認、デレッと寝ているが、オッケーだ。
「ウーッ」別のサイレンが聞こえた。後を見ると遠くに赤灯を点けたMP車両が見えた。
「あばよ」と叫んでアクセルを踏んだ。車が「ドン」と急に動き出した。
「天狗」、「天狗」と貴さんが叫びだした。あわててブレーキ。
「天狗を落とした」と貴さんが焦ってる。
 後を振り返ると、確かに『天狗』は地面に落ちている。しかし天狗の鼻は折れ、そばに転がっていた。
 もう、取りに行けない。オレは無言で車を再加速した。
「バンッ」入り口の柵を突破、ついに日本に戻れた。国道16号を「お地蔵さん方面」に向かって全力疾走だ。
「お地蔵さん」は基地からそう遠くではない。200mほど走って、ドブイタ通りの
入り口に達した。貴さんも少し元気をとりもどしたようだ。
 ジープを国道に乗り捨て、お地蔵さんへ向かう。
「もう日本だから捕まる心配はない、ゆっくり行こうぜ」と貴さんが歩き出して、ドブイタの角でピタリと止まった。じっと目の前の店を見ている。
 しばらくして貴さんが店に入った。オレも後を追う。
 店には若い女性がいた。
「あのう、あなた、……あなた『平野さん』じゃないですか?」
 貴さんが口ごもりながら尋ねた。
「はい、そうですけど……、何か……」
「ウワッ」貴さんがいきなり泣き出した。女性は戸惑っている。
 オレは何が起きているか分かった。貴さんは1974年の女性に出会ったんだ。
 暫くして貴さんが泣き止んだ。「お地蔵さんに行こう」と言う。
「あの、何かお困りですか?」と女性が声をかける。
「いや、何でも無いんです……」と貴さんは何度もお辞儀をしてそこを離れた。
「ウウッ……」貴さんは歩きながら泣いた。
 突然、「今、何年だ?」と聞いてきた。「1975年じゃなかったっけ?」とオレは答えた。
「そうだ1975年のはずだ、しかし『平野さんは1974年に急性白血病で亡くなったはずだ……』と、貴さんが首をかしげる。
「分かった、『天狗』だ、天狗の鼻が折れてタイムスリップが変わったんだ」
 なるほど、そうかもしれない、しかしここは夢の中の現実、早く現代に戻らないと。オレは貴さんを引っ張ってお地蔵さんへ向かった。

 お地蔵さんに着いた。
「どうすれば戻れるんだ……」オレは必死で思い出した。
「二回目の地震の時、どうしたか、……確か石碑のてっぺんを押さえて、裏の文字を読もうとしたんだ。ちょうど石碑を抱いたみたいな格好だった、それを貴さんが止めようとしてオレのベルトを引っ張った」
「そうだ、そうだった」と貴さんも同意。
 同じ形にしてどうなるか、やってみるしかない。
 記憶の通り、オレは石碑の裏に手を差し込んだ。
「ピカッ」何かを感じて、オレは気を失った。

「……」「……」
「ん……」目が覚めた。貴さんは隣で寝ている。
 寝ている貴さんは『天狗の鼻』を握りしめていた。(おわり)

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