▶「bloodbath」と「spin doctor」そして「optics」(高22期 高橋 克己)
以前、本欄のブログ「私の読書、その『遍歴』と『手法』」で、こう書きました。
― 私は自分のGmailアドレスを各ニュースメディアの無料のニュースレターやメルマガに登録し、日々数十通配信される国内外のニュースを読む。外国語の記事もAI翻訳なら、クリック一つで日本語記事さながらに読める。―
「日本語記事さながらに読める」といっても、「Google Translate」の自動翻訳はまだまだ成長過程のようで、「,」や「that」が多用された長文では、「否定」であるべき結論が「肯定」になったりすることもしばしばで、前後の文脈と辻褄が合わず、仕方なく辞書を引くことも少なくありません。
そこへゆくと「Deepl」は、少々意訳し過ぎる嫌いはあるものの、かなり巧みに翻訳してくれます。一度に1500字ずつしか翻訳しないので、長い文章は何度も繰り返す手間が掛かりますが、無料アプリを登録しておくと重宝します。私は「Google」⇒「Deepl」⇒「辞書」の順番で使っています。
とはいいながら、特に米国メディアで使われている単語の中には、これらの自動翻訳ではおかしな日本語になってしまうし、辞書を引いてもどう訳して良いか判らずに苦労す単語がいくつもあります。本稿では、昨今よく使われる「spin」と「optics」を紹介します。
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3月18日の「Newsmax」(親トランプ紙)は*、「Trump Rips Media for Exploiting 'Bloodbath' Comment」という見出し記事を掲載しました。これを「Google」は「トランプ大統領、“流血”コメントを悪用したメディアを非難」と、また「Deepl」は「トランプ大統領、“血の海”発言を悪用したメディアを非難」と訳しました。
この記事を「native speaker」がどう読むのか、私は非常に興味がある。なぜなら記事はトランプが述べた「If I don't get elected, it's going to be a bloodbath for the whole — that's going to be the least of it. It's going to be a bloodbath for the country.」を、左派メディアが「spin」したと難じているからです。
このトランプ発言の「Google」翻訳は、「もし私が当選しなければ、全体にとって大惨事になるだろう。それは大したことではない。国にとって大惨事になるだろう」(見出しでは「流血」としているのに)であり、一方「Deepl」翻訳は、「もし私が当選しなければ、全体が血の海になるだろう。国全体が血の海になるだろう」でした。
ですが「Newsmax」の記事は、「Deepl」の訳でなければニュースとして成り立たないのです。なぜなら、正しい翻訳は「もし私が当選しなければ、(オハイオの自動車産業)全体が大量解雇になるだろう。それだけでは済まずに、国にとっての大惨事になるだろう」(拙訳)だからです。
つまり「Newsmax」は、NBC newsが「Trump says there will be a 'bloodbath' if he lose the election」という見出しにし、CBSNewsが「In Ohio campaign rally, Trump says there will be a 'bloodbath' if he lose November election」という見出しにして、この記事を報じたことを難じているのです。
これら左派2紙が使っている「bloodbath」が、読者に「血の海」や「流血の惨事」と読まれなければニュースになりません。即ち、オハイオ州が自動車産業のメッカであり、その地で「大量失業」が起こるというニュアンスを消すことで左派メディアはトランプを非難した、と「Newsmax」は言いたい訳です。
ではトランプはこれについて何といっているかといえば、こうです。
― The former president seized on the media's spin doctoring in a pair of Truth Social posts Monday, sharing the liberal networks claiming the former president was referring to civil blood spilling as opposed to the economic definition of the term "bloodbath" – and how the same liberals in the media used that term all the same.
前大統領は月曜日のTruth Socialの2つの投稿で、メディアのspin doctoringについて、前大統領が使った「bloodbath」という語の経済的な定義に反して、市民の流血に言及したとリベラル派の共有ネットワークが主張していること、そしてメディアの同じリベラル派がこの言葉を同じように使っていることを取り上げた。―
ここに、「spin doctoring」という熟語で「spin」が出て来ます。「spin」には「言葉を偏って解釈する(させる)こと」という意味があるので、「spin doctoring」は「言葉を誤用して情報を操作する」となります。これならトランプの言いたいことが理解できますが、自動翻訳の実力がまだ不十分なのでスピンドクターと訳してしまいます。
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次に「optic」。トランプが目下4件の訴訟を抱えていることは日本でも報道されています。その中の一つで、20年1月にトランプがジョージアの州務長官に「11780票を探し出せ」と電話で脅迫したとの訴訟があります。詳細は別の拙稿をお読み願うとして、この事件が最近思わぬ方向に展開しています。
トランプらを起訴したジョージア州地方検事(黒人女性のウィリス)が、愛人(黒人男性のウェイド)を州の特別検察官に70万ドル近い高給で雇い、二人で何度も大名旅行していたことを、トランプの弁護士がすっぱ抜いたのです。公聴会に呼ばれた二人は、愛人関係を認めたものの、それは雇用後のことだと釈明しました。
ですが、ウィリスの元同僚らが二人の関係はその前からだったと証言し、またウェイドのスマホの記録から、雇用前に30数回も深夜ウィリス宅周辺に行ったことや、4桁に上る通話やメールが出て来たのです。二人はこれを否定し、ウィリスはウェイドがカードで支払った旅行代金の応分は現金で彼に渡したと証言し、公聴会は黒人の我々を人種差別していると開き直りました。
検事が関係者を雇って経済的便宜を与え、その人物から利益供与を受ければ、普通は利益相反で訴訟から降ろされ、場合によっては刑事罰を受けます。が、これを審議したマカフィー判事は、証拠がないとして利益相反を否定しながらも疑いが濃いとして、ウィリスが訴訟から下りるか、またはウェイドを解雇するなら、担当を継続できると判じました。
結局、ウェイドが身を引きましたが、この裁きについてトランプ支持派は、ウィリスを降ろさないというマカフィーを「ナンセンス」だと非難しつつ、二人の「bad optics」な関係が明らかになったと評しています。この「optics」は単数扱いで「(人物の行動などに対する)大衆の見方、世論」のことなので、「世間体(てい)が悪い」ほどの意味でしょう。
日本の報道でも、見出しだけではどんな記事なのか判らないケースが多いですが、米国紙となれば、見出しどころか中身もチンプンカンプン、自動翻訳の進化は実にありがたいことです。(おわり)
トランプ氏が「bloodbath」という語を使ったことに関して、「Business Insider」というそこそこ名の通ったメディアが「【2024米大統領選】自分が負ければアメリカは『血の海』」に… トランプ前大統領とその支持者が見つめる『今後』」との見出し記事で、次のように書いていますので紹介します。
https://www.businessinsider.jp/post-284128
ートランプ前大統領のこうした発言の意味をめぐっては、多くの議論が交わされている。前大統領の陣営や盟友たちは、「血の海」発言は貿易や関税について話していた流れで出たことから、自動車産業に起こるかもしれない経済的な大惨事のことのみを指すものだと主張している。ー
ー一方、トランプ前大統領はこれまでも煽情的な表現や暴力的な表現をしばしば用いてきたこと、「少なくとも、だ」と付け加えていることから、自動車だけではなく、もっと圧倒的に大きな主張をしているとの指摘もある。ー
ー「血の海」発言について誰のコメントを信じるにせよ、トランプ前大統領の演説は自身とバイデン大統領との7カ月に及ぶ"再戦"を前に、今後の厳しい戦いを予感させる暗い兆候や発言で満ちていた。ー
記事はBryan Metzgerという、受賞歴のある『 Business Insider』の上級政治記者で、特に政治における金に焦点を当てて議会や選挙活動をカバーしている人物が英語で書いたものを、同メディア編集部の山口佳美さんという方が「翻訳・編集」しています。
「bloodbath」を見出しで「血の海」と訳しているところを見ると、記事の論調はやんわりではあるものの批判的な印象を受けます。が、それはさて措き、「bloodbath」を辞書で引けば「大殺戮」などと共に「大量解雇」と「大不況の期間」の意味がちゃんと載っています。
演説の場となったオハイオ州にはホンダを始め日本メーカーも進出していて、近年は自動車生産量でミシガン州に次ぐ全米第2位の地位を占めていることを考えれば、ここは「大量解雇」と「大不況」の意味で「bloodbath」という語をトランプ氏が使った、と素直に受け取るべきでしょう。
米国の世論調査会社「ラスムッセン」が22日、「『bloodbath』? 60%がメディアは『国民の敵』だと回答」というリードで以下の記事を載せていましたので紹介します。
https://www.rasmussenreports.com/public_content/politics/biden_administration/bloodbath_60_say_media_are_enemy_of_the_people
ー主要報道機関が自動車業界の「bloodbath」に関するトランプ前大統領の演説を歪曲したことを受けて、今日では有権者の過半数が、報道機関が「国民の敵」であるというトランプ氏の意見に同意している。
最新のラスムッセンの全国電話・オンライン調査によると、 トランプ氏が述べたように、米国の有権者の60%が、メディアは「真に国民の敵」であることに同意しており、その中には強く同意する30%も含まれている。他方、36 %がこれに反対し、その中には強く反対する 21%が 含まれている。ー
世論調査はどこの国民も好きなようで、岸田政権の支持率なども各報道機関が頻繁に行っています。が、それらの調査機関がどれも公正で中立かといえば、そうとばかりは言えません。この「ラスムッセン」も自他共に認める親トランプなので、それを念頭に読むことが大事でしょう。