▶金沢文庫「徒然草企画展」に行ってきました(高25期 廣瀬隆夫)

神奈川県立金沢文庫で開催していました「徒然草企画展」に行ってきました。今回の企画展は、以前から金沢文庫が所有していた兼好法師に関する文献以外に、戦後、独自に収集した興味深い文献もありました。
ボランティアの解説をお聴きしながら回ったのですが、最初に説明されたのが、徒然草の作者は、吉田兼好ではないという衝撃的なお話でした。吉田兼好は京都の吉田神社の神官だったと言われていますが、兼好は、神社の関係者でなく捏造だと分かったそうです。吉田神社の知名度を高めるために、当時、人気作家だった兼好の名前を借りたのだそうです。今では、吉田兼好とは呼ばずに、卜部(うらべ)兼好か兼好法師と呼ぶのだそうです。私たちは600年も騙されていたことになります。
徒然草は、枕草子、方丈記と共に日本の三大随筆と言われていますが、徒然草は、人に読んでもらうために書かれたものではなかったそうです。最初に発見されたのは、襖の下張りだったそうで広告の裏紙に書かれた日記や覚え書きのようなものだったのでしょうね。従って、徒然草が有名になったのは、木版印刷が普及した江戸時代以降だったそうです。今回の展示も、ほとんどが江戸時代のもので、鎌倉時代の文献は一つだけでした。
江戸時代に活躍した版元の蔦屋重三郎の生涯を描いた「べらぼう」が大河ドラマで放映されていますが、徒然草も版元が発掘して本を出したら大衆に受けて普及したというものらしいです。私は、以前から、兼好法師は金沢八景に住んでいたのではないかと考えていましたが、確かなようですね。
【金沢八景に住んでいた兼好法師】
粗筋絵入り徒然草という小冊子を配っていました。洗濯している女性の白いふくらはぎを見て久米の仙人が神通力を失う話、酔っぱらってかぶった鼎(かなえ)が取れなくなった話、寺院を売り飛ばして芋がらを買ってしまった話、加茂神社の競馬(くらべうま)を見ながら居眠りする僧侶の話、一条室町に鬼が出た話、大根の恩返しの話、猫又だと思ったら飼い犬だった話が出ていました。兼好法師が、今の世界にいたら人気のユーチューバーになっていたでしょうね。
解説を聴きながら回ると良いですね。土・日の14時と15時の2回ボランティアの解説があるそうです。今度行くときも解説を聴きたいと思います。



徒然草は、我々の頃は高一の一学期最初に出てくるのですね。これで古典が嫌いになった生徒は多かったのではないでしょうか?
退屈そのもので何も面白くありません。16歳の少年が読む内容ではないですよね。諦観した人が書いたものですからね。最近の古典の授業にも相変わらずあるのでしょうかね?
この年になって読み直せば意外と面白いのかなあ。
今、読むとけっこう面白いですよ。なるほどと思わせるものや、笑えるものが結構あります。