▶高12期 小泉純一郎さん講演会「日本の歩むべき道」
■ 演題 日本の歩むべき道■ 講師 小泉純一郎さん(横須賀高校 高12期卒業 第87代・88代・89代 内閣総理大臣 )■ 日時 2019年9月12日(木)16:00〜17:10■ 会場 東京都渋谷区桜丘町26-1 セル […]
▶個人情報保護の過剰反応をしていませんか?
同窓会の総会に行きましたら、司会から個人情報を保護するために写真撮影を禁止すると言うアナウンスがありました。何で個人情報?と思いました。出席できなかった仲間に総会の雰囲気を伝えたかったのでガッカリです。その同窓会のホーム […]
▶エントロピーの法則
<<エントロピーの法則(20190411)>> 高25期 廣瀬隆夫 コンピュータ上のデータを守るためのハッシュ関数というものがあります。ある文字列をこの関数にかけると、訳の分からないデタラメな暗号になる。コンピュータを使 […]
▶朋友会ホームページ公開平成十三年のころ
今年は、平成最後のお正月となりましたが、第四回目は、記恩ヶ丘新春座談会として「旧・朋友会ホームページ」の立ち上げの経緯について初代の朋友会ホームページ委員長の里見さん、上田さんにお話をお聞きしました。(お話:里見 絢子さ […]
▶吉田庫三校長と父のグローブ
父・近藤石蔵(中14期)から聞いた横中に纏わるエピソードを書いてみます。(高8期 近藤礼三) 【その1、父が寄宿舎に入寮した理由】 京急中央駅から横高までは、今はバス利用が常識ですが、当時は勿論バスはなく徒歩が当たり前。 […]
▶旧朋友会のHPは「記恩ヶ丘の会ホームページ」として健在です
旧朋友会のホームページ制作に携わっていた和田良平氏(高17期)より、朋友会の非公式ホームページ「記恩ヶ丘の会」のホームページに、横須賀高校八期会ホームページへのリンクを掲載して宜しいですか、との依頼を受け、初めて「記恩ヶ […]
▶記恩ヶ丘ホームページ誕生のお話
記恩ヶ丘ホームページは、みなさんのご協力により、毎日、200人近くの同窓生が訪れるWebサイトになりましたが、このホームページが出来るまでの経緯についてお話したいと思います。(高25期 廣瀬隆夫) 今から20年以上前、イ […]
▶100歳まで現役で働く トーマス野口さん(中32期)
横中、横高の同窓生のみなさんは、トーマス野口さんという方をご存知でしょうか。私は、名前だけは存じ上げていましたが、横須賀高校の先輩であることは知りませんでした。今回、「ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言」という本 […]
▶母の祈り(小川省二先生)
二十七年前、私の母は九十四歳で亡くなった。母は利発ではあったが無学であり、文字もろくに読めない、ただただ優しい人であった。今年、その九十四歳に私もなった。 九十歳を過ぎ足腰が弱り、家から出られなくなった。その頃の母の一日 […]
▶I君のこと(小川省二先生)
六十半ばを過ぎた私の弟にI君という大学時代からの親友がいる。彼らの家族ぐるみの深い付き合いは四十年以上も続いている。 そのI君は学生の頃、月に一度は東京の下宿から横須賀の私の実家にやってきた。やって来ると一週間から十日は […]
▶ある不倫(小川省二先生)
鎌倉瑞泉寺の裏山に相模湾が一望できる東屋がある。私は若い頃、春の彼岸の中日、夕方いつもここにくることにしていた。この日、富士山の真上に夕日が降りる、それを見る為である。落日が頂上に近ずくと、白い富士の山肌が茜色に染まり日 […]
▶父の”お話”(小川省二先生)
私の父は、醸造業を営んでいて、時間に余裕のあったせいか、私の幼い頃からかなり成人するまで暇さえあれば"お話"をしてくれた。自分の子供の頃の話、田舎に伝わる昔話、父の父母のこと、友達のこと、小説、歌、相撲、絵、科学、落語、 […]
▶ある出会い(小川省二先生)
昭和三十二年秋、当時鎌倉に住んでいた私達夫婦が連れ立って、由比ガ浜通りを歩いていた時のことである。ゆるゆるとこちらに歩いてくる小柄な和服姿の老人と擦れ違った。擦れ違いざま立ち止まり気味に身体をねじると、そのギョロリとした […]
▶仰げば尊し(小川省二先生)
私の現役最後の年、その二月の初め頃であった。数人の三年生が校長室にやって来て 「僕達は卒業式委員会の者なのですが、本校で今まで卒業式の式次第に無い、仰げば尊しを今回歌いたいと思うのですが」 「それはいいね。では次の職員会 […]
▶先生は往生際が悪い(小川省二先生)
私は、終戦間もない昭和二十二年から18年間、横須賀高校で教壇に立っていました。ここは戦前の軍関係住民が多い土地柄であり、軍人遺族の子弟も多数おりました。その生活状態を物語るように、着任して数年間は在校生の半数ちかくが下駄 […]
▶教師の生きがい(小川省二先生)
昭和五十年に始まった日教組の主任制度反対闘争は田中角栄首相が「学校の先生はお気の毒だ。職場には一般教員と教頭、校長の三つの段階しかない」と言ったことが発端といわれている。首相は会社、官僚組織を見る目で教員の職場を見たので […]
















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