▶ぶらり散歩「永嶋家赤門」

県立大学へ行ったついでに横須賀歴史散歩。「永嶋家赤門」を見てきました。聖徳寺坂の下です。(高23期 石渡 明美)

<赤門(市制施行七十周年記念 横須賀風物百選)>

この門は、かつて朱塗りであったことから「赤門」と呼ばれています。武家屋敷などでは、主家を防衛するために、屋敷の外郭に家来のための長屋を建てて、その一部分を門としました。門の屋根と家屋の屋根を一連にした形の建造物を「長屋門」と呼び、この赤門もその一つです。

初めは上級武家の門で、建て方も複雑堅固なものでしたが、後に武家以外の者でも、特に功労のあった家などには、出窓や出格子のない簡単な長屋門の建築を許されました。

この長屋門の主であった永嶋家は、三浦氏の子孫と伝えられ戦国時代、小田原北条氏の支配下にあって浜代官を務めました。更に、江戸時代には、三浦郡の総名主を務めたほどの家柄なのでこの門の建築を特に許されたものと思われます。

かつて、この門前の道路は、江戸より浦賀に通じる主要道路でした。明治の末期までは、白砂青松を連ねた海に面していて、猿島や千葉の山々が手にとるように見えた景勝の街道で、数多くの旅人の眼を楽しませてきました。門前の右手にある石柱の道標がかすかに当時を物語っています。横須賀市民文化資産にも指定され、現在も広く市民に親しまれています。

 

2018年4月29日、私も「永嶋家赤門」に行きました。京急の県立大学前で降りて横須賀中央の方に向かって線路沿いを5分位歩いた所にありました。きれいに整備されていました。確かに門が朱色に塗られていて、建物の右の方に道標のような石柱が建っていました。文化2年と彫ってありました。1805年ですから、今から213年前ですね。右 浦賀・大津 左 金澤・横須賀と書いてありました。私は、金沢八景から電車で来ましたが、昔の人は歩いて来たんですね。(高25期 廣瀬隆夫)

 

 

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