▶映画「オッペンハイマー」を観て来ました(高22期 高橋 克己)

『オッペンハイマー』© Universal Pictures. All Rights Reserved.

昨日、「COASKA」で映画「オッペンハイマー」を観て来ました。[判りづらいと評判の拙稿]を熟読してくれた友人が一緒でした。彼の感想はと言えば、「最初の1時間余りは何が何だか判らなくて眠りそうだった。後半は、眠くなることはなかったが理解したとはとても言えない」というもの。

「正直な感想だなあ」と思います。オッペンハイマーのことも原爆スパイのことも、かなり詳しく知っているつもりの私が見ても相当に難解なのですから。そこで、その理由をいくつか考えてみました。

一つ目。物語は1940年前半から1950年半ばまでの出来事なのですが、映画はまず54年の聴聞会から始まって、40年代前半のロスアラモス研究所設立当時に逆戻りし、その行きつ戻りつが何度も繰り返されること。また、カラーと白黒が交錯する基準にもよく判らないところがあります。

二つ目は、日本語の字幕が簡略化され過ぎていること。それで内容が理解できる映画もあれば、長過ぎると困る映画もありましょう。が、登場人物が沢山いるこの映画で、名前が字幕に一度も出て来ない人物もいました。例えばスティムソン陸軍長官、彼は原爆関係の最重要人物の一人で、画面に2度登場します。

その「投下目標は12ある、いや11だ。文化財のある京都は外す」というセリフの字幕を見て、少し歴史を齧っている人なら彼がスティムソンだと判るでしょう。が、そうでない人は、おそらく彼が誰だか判らないまま帰るはず。登場人物それぞれに名札を付けて欲しい、と思ったほどでした。

三つ目。これは二つ目とも関連しますが、セリフの音量よりも効果音のそれが大きいために、英語のセリフが聞き取れないこと。仮に聞き取れても内容まで理解できないかも知れませんが、人名くらいはきっと聞き取れる(自信ないけど)。ですが、これは米国人には起きない不具合かな。

次に映画の内容についての感想です。
「アイアンマン」のロバート・ダウニーJr.が演じる「原子力委員会委員長ストローズ」が、主役のオッペンハイマーを食うほどの割合で描かれているなあ、と感じました。「ストローズ」は独語読みでは「ス(シュ)トラウス」ですが、私はこの人物を戦前の日米交渉の陰の重要人物として知っていました。

日米戦争を回避したい近衛文麿はルーズベルトとの非公式交渉を、一高の同級で東大法から大蔵省に入った井川忠雄(1893–1947)に託します。彼は横浜正金銀行への出向や外債発行に携わった関係で、ユダヤ金融財閥の雄「クーンローブ商会」の重役の一人だったストラウス(1896–1974)と懇意でした。

ストラウスは、ドラウトとウォルシュなる牧師二人を井川に紹介し、1940年に日米交渉が始まります。日本側は通訳役の井川に野村駐米大使と岩畔陸軍大佐、米国側は両牧師にハル国務長官、ウォーカー郵政長官などが加わりました。結局、交渉は1941年春に頓挫し、近衛とルーズベルトの会談も幻に終わります。

ストラウスの岳父は「クーンローブ商会」の立役者ヤコブ・シフ(1847-1920)の同僚重役ハノウェルです。シフは高橋是清(1853-1936)が日露戦争の戦費調達のため米欧を回った際、その外債の半分を購入して日本を応援したユダヤ人で、ドイツのゲットーでロスチャイルド家と軒を並べていた人物です。

是清は、シフは帝政ロシアが行ったユダヤ人迫害(ポグロム)の意趣返しで日本を応援したと[『高橋是清自伝』に書いています]*。そのシフの後継者を自認するストラウスが、日米開戦を避けようとして陰で動いた、と私は考えています。
*参考拙稿「今日に繋がる『高橋是清自伝』3つのエピソード」

ストラウスはまた、1917年から19年までハーバート・フーバー(1874年- 1964年)の個人秘書であり、二人は肝胆相照らす仲でした。フーバーは1929年から一期だけ共和党大統領を務めた、米国の保守派を象徴する人物で、彼の『回顧録』は「日本に対する原爆投下のもたらしたもの」との章でこう書いています。

― 日本に対して原爆を使用した事実は、アメリカの理性を混乱させている。世界中の頭を使って考える人々の理性を困惑させている。原爆使用を正当化しようとする試みは何度もなされた。しかし、軍事関係者も政治家も、戦争を終結させるために原爆を使用する必要はなかったと述べている。―

「オッペンハイマー」は、ストラウス(ストローズ)を原水爆推進派として描き、広島・長崎を機に原水爆開発推進に懐疑的になるオッペンハイマーと対立する人物としてハイライトしています。私は首肯しかねますが、オスカー7部門を獲得したところを見ると、こういう筋立てを支持する方も多いのでしょう。

結論を申せば、この映画、きっと日本でもヒットするでしょう。が、米国並みの高評価を得るかと言えば、私には疑問です。理由は縷説した通りで、原爆開発や原爆スパイの歴史についての予備知識がないと理解しづらい一方、知識がある者には筋立てが少し違うんじゃない、との異論を抱かせるからです。

一緒に観に行った友人は、「オスカー7個って、アメリカ人はこの辺りのこと、どこまで知っているんだろう」とも言っていました(うんうん)。書き過ぎると営業妨害になるので、この辺で。

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